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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第41回 IZUMI / ヒナのいない空

 観客のアンコールに応えた秋哉が再びレコードを回し、音の波に揺れるA館を出た一澄の頬を潮風が撫で付ける。火照って汗ばんだ体に夜気は気持ちいい。
「トモの言ってたA館の工事って、花火のためだったんだね」
 となりのヒナに話を振ると、知り合いだったらしい、受付の男に手を振っていた。
「ねー。びっくりしたけど、すっっっごく楽しかったー」
 満面笑顔で深く息を吸い込む。
「まだ花火の匂いがするよ」
 彼女に倣って一澄も吸い込んだ。湿った夜気の潮風は、たしかに火薬の香りを含んでいた。
「イベント、終わっちゃうね」
 ヒナの横顔が、淋しそうに揺れた。イベント終了まで、あと30分ほど。
「一澄。ありがと」
 いたって落ち着いたヒナの声音に、泣きたくなった。



  <Forty-One : IZUMI / ヒナのいない空 >



 徐々に数の減っている人波は、それでもまだ空気を熱くする。純粋にイベントを楽しむ人と、確実に別れが近付いている切なさ。両者の間にあるものが、たまらなく憎かった。
「今まで、すごく楽しかったよ。一澄がいてくれたから、絵も描き終えられたし」
 緩やかに歩を進めながら、C館を見上げるヒナ。一緒に見上げた一澄が、トモの姿を見つけた。
「あ」
 C館の壁際には、さっきの女――夏見里央もいる。笑って話している2人に感じた、胸の圧迫を振り払おうと手を上げ――
「とうっ」
 ヒナがその手を引っ張った。
「じゃれてみた」
 無邪気な笑顔。
「あそこにトモが…」
「2人でいたいの」
 一澄の主張はあっさり一蹴された。トモのことはすごく気になったが、仕方なく手を下ろす。笑顔でも、ヒナの声には有無を言わせないだけの力があった。
「トモにとって里央はただの友だちだから、心配しなくて平気だよ」
 心を見透かされて、一澄は戸惑った。
「のっ」
 意味不明な単語を発するほどに。
「わっかりやす〜」
 にやけ顔が憎たらしい。
「一澄は、トモが大好きなんだね」
「大好きだよ」
 素直に言い切った自分に驚いた。
「トモも、一澄が大好きだよ」
「そうかな」
「あんなトモ、初めて。一澄をすごく大事にしてる」
「どうだろ」
「照れんなって」
 脇腹を突付かれて、一澄は身をよじった。
「あたしよりも、一澄の方が知ってるだろけどね」
 にひっ。
 この笑顔を、もう見れないんだ。
 そう思うと胸が苦しい。喉が詰まる。
「――ここでいいよ」
 ヒナが裾を引っ張った所は、イベントの入り口。鉄パイプでできた人型のモニュメントが2体、頭部の白熱灯を掲げ、足下を明るく照らす。
「こんなの、あったっけ?」
 言うべき言葉を言いたくなくて、一澄は自分と同じほどの身長の彼らを見比べた。
「来た時はなかったよね」
 答えるヒナは明るい口調。
「きっと、途中で持って来たんでない?」
 ぱらぱらと、ヒナと一澄の脇から客たちが帰って行く。年齢層はバラバラなのに、みんなの顔は笑顔。我楼によるGa-Rowが持つエンターテインメント力の効果を、はっきりと実感した。
「さよならだね」
 切ないまでに明るいトーンで、言うべき言葉をヒナは言った。
「トモの所に行ってあげな? トモも会いたがってるよ」
 と、『Welcome to Ga-Row!!』の文字を、ぴょんっと飛び越える。
「一澄には感謝してる。絵が描けなかった時、一番の救いになってくれたのは他でもない、一澄だもの」
 くるりと半回転。2人は向かい合った。
「羽根と一緒の女の人、あれは一澄をイメージしたんだ」
 初耳。
「一澄には、自分の空を飛んでいてほしい。そこにあたしはいないかもしんないけど」
 ヒナの微笑を綺麗だと思った。
「一澄と出会えて良かったよ」
 ため息に近い声音は、すんなり心に染み込む。
「だから――――――――泣かないでよ」
 ヒナの言葉は優しすぎて、一澄は声を殺して泣いていた。とめどなく流れる涙は熱くて、いくら拭いても止まってくれない。
「笑ってよ」
 ヒナが唇の両端を引っ張ってくれた。さぞ、いびつな笑顔に映ったことだろう。
「一澄の笑顔が見たいんだよ」
 笑えるわけがない。こんなに泣きじゃくってるのに。
 それでも、一澄は笑おうとした。頬に力を入れて。
「変な顔」
 反射的にヒナの手を払う。
「一生懸命笑ったのにぃ」
 わかってる。ヒナが一生懸命、一澄を笑わせようとしていることくらい。
 痛いくらいわかってる。
 だから、こんなにまで心が苦しいんだ。
「ごめんごめん」
 ヒナが頭を撫でる。手の感触がやわらかくて、さらに泣いてしまった。
「私だってっ、笑いたいよぉ」
 しゃくり上げて訴える。
「うん」
「ヒナみた、いに、笑いたい」
「うん」
「けど、なみ、だ、止まんな…っ」
「うん」
 ぽんっ。ヒナが肩を叩いた。
「深呼吸しよっか」
「え」
「深呼吸」
 吸って。吐いて。
 ヒナの言葉に大人しく従い、実演するヒナと一緒に吸って、吐く。
 しゃくり上げる肺にとっては酷だったかもしれないが、6回も深呼吸したおかげで、ずいぶん落ち着くことができた。
「……ごめん。ありがと」
 洟をすすり上げて、一澄は顔を上げる。涙はまだあふれるけど、吐く息から震えは消えていた。ずっと頭を撫でてくれた手が離れると、やはり淋しさはあった。
「ヒナ」
「ん?」
「私も、すっごく楽しかったよ。ヒナのおかげで、今まで縁なんてなかったのに、芸術なんてものに飛び込めた」
「大事な人にも出会えたし♪」
 いたずらっぽく笑ったヒナに照れ笑い。
「感謝してる」
 本音はすんなり一澄の唇から零れた。
「それは、あたしの方だよ」
 2人の間に潮騒が滑り込んだ。『Welcome to Ga-Row!!』のポップな字体を挟んだ2人は、意図せず象徴的で。
「さよなら」
 涙をこらえて一澄は切り出す。やっぱり喉がきつくなる。
 一澄は、笑った。
 満足そうにヒナは頷いて、笑みを浮かべた。
「握手しよ?」
 差し伸べられた手を一澄は握った。ヒナのやわらかさと熱が伝わってくる。
 ――泣いちゃ、ダメだ。
「トモをよろしくお願いね」
 握り返した彼女の手は、かすかに震えていた。ほどけた手に吹き付ける夜気が、夏だというのに冷たい。
「バイバイ」
 笑うヒナの目から涙が伝った――――――――
























 ――――――あの時に。




 あの時に手を引っ張っていたらと、今でも時々、ふと考えることがある。
 もしかしたら、今とは違っていたんじゃないかって。















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