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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第4回 TOMO / 我楼へようこそ!

『明日さ、我楼行こうと思ってたんだけど、一緒に行かね?』
 日付変更時刻手前にかかってきた電話は、いつもの秋哉らしい、淡白な誘いだった。
「いいよ。どこで待ち合わせる?」
『準備できたら連絡するわ』
「おう」
 一夜明けて。
 智は重宝しているレザーショルダーバッグにカメラを入れて、街をぶらついていた。古着屋で一目ぼれしたブラックデニムパンツにドット柄のTシャツ、薄地のブルゾンを羽織るだけで『暑い』と声に出す一歩手前。夏が近づいている足音を、やや湿度の高い空気から察する。



  <Four : TOMO / 我楼へようこそ!>



 どうやら今年は例年よりも早く夏を迎えるようだ。天気予報士の言葉を信じるならば。
 住宅家屋の並ぶ見慣れた街並みを、智は極めてゆっくりと歩いた。この土地に住み始めて、もう1年が過ぎている。1周する季節に変化する街並みを、もう何百枚と撮った。
 この街に飽きているつもりはない。
 けれど、他の街も見てみたい。
 1つの場所に留まっている自分なんて想像できない。
 そろそろ引越しを考えるか。
 ぼんやり考えていると、ファインダーを覗き込んでシャッターを押している自分がいた。
 ――カシャッ。
 ファインダーには、もう生気を発していない老木が入っていた。カメラを下ろして老木を見上げる。
 我知らぬうちに歩を進め、立ち止まっていた小さな公園。囲む住宅の背が低いおかげで日当たりはいいが、砂場とカボチャブランコしかないシンプルなスペース。遊んでいる子供の姿は見られない。もう少し歩けば遊び道具も多く広い公園がある。子供たちはそっちに行っているのだろう。
 子供たちに見放された公園。その片隅に身を縮こまらせている老木。幹は太くしわだらけの木肌、3メートルはある背丈。
「みゃあ」
 猫の鳴き声に視線を落とす。三毛猫と黒猫が2匹、老木の根元でくつろいでいた。
 彼らの警戒を買わない程度の距離で智は屈み込んで、
「いぇい」
 ピースした。
「みゃ〜」
 三毛猫は応えてくれたが黒猫はだるそうにただ彼を見上げるだけ。
「無愛想なヤツ」
 ぼやきながら、智はカメラを構えた。
「ほら、2人並べて撮ったげるからいい笑顔してみ?」
 言った途端、黒猫があくびした。
 ――カシャッ。
「おまえさー」
 ファインダーから目を外し、
「もっといい顔できるんじゃないの?」
 文句を零す智に黒猫はそっぽを向いた。
「愛想ってものを知れっ」
 指差し責めた智の尻ポケットでケータイが着メロを鳴らす。
 立ち上がって着信を取ると、やはり秋哉だった。
『今どこよ?』
「あーっと、ここは……」
『あ。い』「たいた!」
 ケータイの声と肉声がサラウンドで聞こえる。振り返ると公園の前に丸っこい軽自動車が止まっていた。運転席から秋哉が手を上げる。
「じゃね。機会があればまた会おう」
 ケータイを切って猫たちに手を振ると、
「みゃ」
 黒猫が応えてくれた。
「――なんかいいことでもあった?」
 カメラをバッグにしまいながら車に近寄ると開口一番に秋哉が言った。
「なんで?」
「にやけてっから」
「些細なことだよ」
「そーかい。乗れよ」
「てか誰」
 秋哉の向こう――助手席に座っている見知らぬ女に気付く。
「とうとう浮気?」
「するかよ」
 茶化すとすぐに秋哉は噛み付いてきた。
「ヒナの友達。ランドリーで会ったフリーター。今日初めて我楼に行く人」
「初めまして」
 わざわざ助手席から出て来た女は満面の笑顔で挨拶した。
「御杉です」
 ボーダーの入ったジップアップシャツとチェック柄コットンパンツを明るい色合いで合わせ、明るめに染めたクセのない髪を首元まで伸ばした女。同い年くらいだろうか?
「初めまして、高野です」
 会釈を交わす。
「いいから乗れって」
 秋哉が急かした。
「私、後ろに乗りますね」
 助手席を前に倒して後部シートに乗り込む御杉を、
「また敬語かい」
 と秋哉が睨んだ。
「だって、高野さんは初対面だし」
「俺はタメ口で智は敬語なんて、許さんよ! 俺は許さんよ!」
 わめく秋哉を脇目に助手席に回り込んだ智は、シートを戻しながら、
「敬語じゃなくていいよ。あと、『高野さん』じゃなくて『トモ』でいい」
「じゃ、トモさん。いちお、年上だし」
「『高野さん』よりかマシだから、まいいや。――あれ? いくつ?」
 年上だし。そこに智は突っ込んでみた。
「ヒナと同じ、18歳」
 にこやかに答える御杉に、軽く唖然とした。
「大人びてるってよく言われない?」
「少しコンプレックスだったりするんだけどね」
「俺の言葉に悪気はないから」
 助手席に身を滑り込ませドアを閉めるや、秋哉がアクセルを踏み込む。そんな彼の勢いに反して、『はいはい』と気だるそうに軽自動車は前進する。
「俺がどこにいるか、よくわかったね。何も言ってなかったのに」
 相変わらず窮屈な車内で居住まいを正しながら、智は秋哉の顔を見た。
「なーんとなく。今日は我楼に行くって言っといたから遠出はねぇとして、けどトモの性格からして家でじっとしてたりしねぇだろ? だとしたら、きっと近場でぶらついてっかなぁと思ってたら、案の定」
「さっすが。よくわかってらっしゃる」
「秋哉さんとトモさんっていつからの付き合い?」
『中学』
 後ろから御杉が聞くと見事に2人の声が重なった。
「かぶんなよ」
 秋哉の不平を智は脇に流した。
「クラスメイト?」
「中一の時にね。入学式で初めて話したのがきっかけ」
 智が説明する。車が大通りに出た。
「私立の中学だったから、ほとんど知り合いいなくてさ、とりあえず話しかけとこかー程度だったのが8年の付き合いに」
 タイミング悪く赤信号につかまった秋哉が、背もたれに寄りかかりながら嘆息をつく。
「ひょっとして飽きてらっしゃる?」
「何に?」
「俺に」
「8年も付き合えば飽きも何もねぇだろー」
「たしかに」
 右肩を回しながらぼやく秋哉に智も同感だった。お互いの生活にお互いが当然のように食い込んでいる。まるで兄弟のような存在。
「仲いいんだ?」
 2人のやり取りをおかしそうに眺めていた御杉が笑いを噛み殺している。
「最初は秋哉のこと嫌いだったよ。何もかもいい加減なヤツだったから」
 御杉に振り向いた智は秋哉に間接的に吐露した。
「俺もトモのことは嫌いだったなぁ。何でもかんでも難しく考えるヤツって性に合わねぇんだわ」
 青信号に変わり車を走らせ秋哉も言い返す。
「印象悪かったんだ?」
『最悪』
 2人の声がまた重なった。
「かぶんなって」
 秋哉の不平をまたもや流す。
「そんな2人がどうして今もこうしてるの?」
 御杉の素朴な疑問。
「中学ん時はただのクラスメイトで、学校の外じゃ会うことなんてなかったんだ。進学した高校は別々だったし、もう顔合わせることもないと思ってた矢先にこいつが」
 智が親指で秋哉を指した。
「文化祭にちょっと協力しろって」
 御杉がきょとんとした。
「学校違うのに?」
「秋哉って高校入るときにはもうDJ目指してたんだ。で、文化祭でDJすることになって」
「トモさんもDJやってんの?」
「いや」
「こいつは自称映像芸術家」
 と、脇から秋哉が割り込んだ。
「視覚効果も含む、ね」
 誤解のないよう智が付け加える。
「あ、わかった。協力って照明でしょ?」
「あたり」
 声を上げた御杉に微笑んだ。
「それで協力してみて、気付けば今に至ってた」
「秋哉さん、高校からDJしてたんだ? すごいんだね」
 素直に感嘆した御杉だったが秋哉は素っ気なく、
「そんなことねぇよ」
 言ったが、智が見た横顔は照れていた。
「もうすぐ着くぞ」
 秋哉の言葉が照れ隠しにしか聞こえない。
 大通りから脇道に逸れた車は、住宅街に挟まれた細い路地を走り抜け。
 左右に建ち並ぶ住宅が途切れたかと思えば、一気に視界が開けた。
 太陽の光できらめく一面の海。
「わあ」
 後部シートから御杉が身を乗り出した。
 舗装された道路が途切れ、砂利と雑草にまみれた道に飛び出した車体は思いの外に揺れ、シートにしがみ付いた。軽自動車は波止場に降りると左手に海を臨みながら、緩やかに駆けた。視界を遮るものは何もなく、水平線をしっかり見据えられる。進む先を見やれば、コンクリートの倉庫が3棟並んでいるのが見えた。
「あそこがそうだよ」
 智が指差した。
「え、あそこが?」
 御杉の目が大きく見開く。
 にやり――智と秋哉が視線を交えた。
『ようこそ、我楼へ!』
 2人の重ねた歓迎に、御杉は声を出して笑った。



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