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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第38回 HINA / 光の波に、赤い点

 A館2階に設えられたギャラリースペースのバーは、身分証明書(ID)がないとアルコールを販売しないシステムになっていた。未成年者の飲酒予防――必然的に、ヒナたちはアルコールを口にできない。
 フロアに対して逆L字型にレイアウトされたスペースには、踊り疲れたのか単にまったり中か、用意されたイス・テーブルの半分近くが埋まっていた。
 人口密度65パーセント、といったところ。
「一澄は、こういうクラブアクトは初めて?」
 ガラス越しにフロアを一望できるカウンターの席に、2人分の空きを見つけた。腰を下ろしたヒナは、辛口のジンジャーエールの炭酸に喉を焼かれながら、一澄にとなりの席に座るよう促した。
「テクノが初めてだもん。ドンドン言ってるスピーカーも初めて」
 頷く彼女の顔色は、暗めな照明で窺えないものの、その声は上気していた。
 天井からぶら下がった小さいスピーカーが発しているのは、今まさに秋哉がプレイしているトラック。スペースの隅ではアルコール片手にご機嫌に踊る、4人の男女が見受けられた。
「みんな、楽しそうだよね」
 オレンジジュースのストローをくわえながら、額をガラスに近付けた一澄は食い入るようにフロアを眺める。レーザーが明滅している中で、人々の影はうごめく何か≠フようだ。
 土砂降りの雨を浴びる水たまりを、ヒナは連想した。あちこちに生じた波紋がぶつかり合って揺れる水面を。



  <Thirty-Eight : HINA / 光の波に、赤い点 >



「DJってどういうものなのかよくわからなかったけど、なんとなくわかってきたし」
「DJになっちゃえば?」
「そう簡単になれるもんじゃないでしょ」
 からかうと一澄の笑顔は、眉がハの字に曲がる。密かに、ヒナはその表情が好きだったりする。
「DJなんてなれるほど、私の音楽性が広いとも思えないしさ」
 すねたように一澄が吸うストローは、オレンジ色に早変わり。
「じゃ、一澄は何になりたいの?」
 イスの下で床に届かない足を、ヒナはバタつかせた。
「何に、って言われても、まだわかんないんだよねぇ」
 頭を掻く一澄。
「とりあえず今は、写真を撮ることで精一杯」
「じゃ、カメラマン」
「安直すぎ」
 即答で肩にツッコミ。
「じゃあ何になりたいのさ?」
「ムキになんないでよ」
「一澄の将来が知りたいのっっ」
「そんなのわかんないよ。我楼と出会ったのだって最近なんだし、何が起こるかわからないんだから」
 そりゃ、ごもっとも。
 返す言葉なんて見つからず、ヒナはストローをかき回した。しゅわわわわわ――――澄んだ黄金の液体が、泡を立てて憤った。
「けど、我楼と出会えて良かったと思ってる。こんなに面白い場所があるなんて、きっと気付かなかっただろうし、いろんな人とも出会わなかったろうし」
「人生の転機?」
「転機……」
 視線を宙に浮かせて、一澄はヒナの語を繰り返した。
「……うん、そだね。人生の転機」
 それはどうやら、がっちり彼女の中ではまったらしい。何度か頷く彼女に何が引っかかっていたのかまでは察せなかったが。
 だから聞く。
「何、今の間」
「なんとなく」
「うっわ。灰色な答えだよー」
 はっきりしない気持ち悪さで身悶えするヒナの頭に、一澄の手が乗った。
「ほんとになんとなくなんだよ。我楼に来てから初めて今までのことを振り返ってみて、ここが私にとって転機だったんだって実感したの。それだけ」
 ヒナが頭を揺らしても、手はしつこく乗っかったまま。
「一澄って、今までどんなことしてたの?」
「何もしてなかったよ」
「部活は?」
「帰宅部」
「スポーツしてそうなのに」
「体育で十分だったの」
「趣味とか」
「全部中途半端。音楽は好きだけど、のめり込むほどじゃないし」
「『HECTION!』は?」
「妹が教えてくれたんだ。音楽に関して言えば、妹の方が積極的なくらい」
「妹いたんだ?」
「首回すの、やめたら?」
 指摘されて、ヒナは首を止めた。ずっとぐるんぐるん回していたせいで、ちょっと首が疲れた。
「やっとツッこんでくれた」
「待たなくていいって」
 間髪入れない一澄にへこたれないで首回しを再開したら、
「ていっ」
 と、両手で頭を押さえられた。
「で」
 大人しく首を振るのをやめて、放られた話題を引き寄せる。
「妹いたんだ?」
「言ってなかった?」
 ヒナの頭から引っ込めた手を、一澄はグラスに添えた。
「今、高2なんだけどね、妹が1人」
「へ〜〜〜〜」
 まったくもって初耳。
「なんて名前?」
「貴美(たかみ)」
「貴美ちゃんはイベントに来てんの?」
「ううん。予定が合わなくて、今日は来れないんだって」
「そっかー、残念だ〜」
 会ってみたかった。一澄の妹――まだ見ることのない彼女に思いを馳せてみる。顔立ちは、やはり一澄と似ているのだろう。性格は? 姉が穏やかな性格だ、案外せっかちだったりして。
「何にやけてんの?」
 知らず知らず、頬が緩んでいた。
「いや〜」
 緩みっぱなしでジンジャーエールを飲む。炭酸が舌の上で弾ける、痺れのような感触が心地良い。
「2人が並んだら、やっぱ似てんのかなって思って。一澄が2人だ」
「双子じゃないんだから、そこまで似てないよ」
 照れ笑いを浮かべた一澄がストローをくわえた。
「今度会わせてね」
「ん」
 頷いた一澄の目はフロアに飛び込んでいた。ライトの光がチカチカ弾ける幻想世界。
 わかってる。『今度』という語の響きが、自分でも白々しいものだと。
 一澄の目を見つめるのに耐えかねて、ヒナもフロアを見やった。眼下で揺れる人波は相変わらず。奥でレコードを回す秋哉の口元にタバコの火が見えた。
 ――ヘビースモーカーめ。
 胸の中でごちる。秋哉の部屋にある、吸殻大盛りな灰皿を思い出した。
 次に、灰皿を片付けるのはどんな人だろう?――――――――
「――――――――――ヒナ?」
 一澄に呼ばれて、小さくため息をつく自分に気付いた。
「ん?」
 秋哉から顎先を引き剥がす。一澄が何か言いたそうな顔をしていたから、ヒナは自分から口を開いた。
「そろそろ戻る?」
 ガラス越しにフロアを指しながら。
「これ飲んだらね」
 一澄は違うことを考えていたのだろうが、ストローでグラスを掻き回しながらも、しっかり答えてくれた。神経質に磨かれたグラスは半分までオレンジ色で、ロックアイスが顔を覗かせる。ヒナのジンジャーエールも同じくらいだ。
 ストローを軽く噛んで、ヒナは口いっぱいに吸い込んだ。口の中で炭酸が暴れ回る。舌の付け根近くがピリピリする。
 ひと思いに飲み込んで、ゲップを押し殺した。鼻の奥が、ツ――――ンとした。
「く〜〜〜っ」
 声まで押し殺すには刺激が強すぎた。
「どうしたの?」
 不思議そうに、一澄。
「炭酸で鼻をやられたの」
 涙目になりながら。
「ヒナって炭酸弱かったっけ?」
「これが強いの」
 指で示した先で、せっせと炭酸を水面に運び上げるジンジャーエールが、ヒナを嘲笑しているように見えた。
 小憎たらしい。
 一気に飲み干してやろうかとグラスに手をかけたところで、スピーカーの曲がペースダウンしているのに気付いた。太い4つ打ちがスローになって、メロディーが消える。緩やかに遅くなった4つ打ちはやがて、重低音に伸びた。
 フロアのクラウドが両手を突き上げている。拍手している者も見えた。
「あれ? 終わり?」
 重低音が消えた後には余韻が残る。イベントアクトにしては、秋哉のプレイにあっけなさを感じた。
「…なの、かな?」
 一澄もきょとんとしている。
「いつもはもっと長いんだけど」
 静かな――耳鳴りのような音に、ヒナは背中を振り向いて――目を丸くした。
『――こちらは、我楼伝言サービスです』
 スピーカーから機械的な女声が流れる。
『DJ AKIYAさんからのメッセージ――』
 一澄の肩を叩く時には、バーの客全員がざわめいていた。
『――今日はイベントに来てくれてありがとうございます』
 ヒナと同じように振り返った一澄が、ヒナと同じように目を丸くした。
『こんなにたくさんの人に来てもらえてうれしいんで、ちょっとサービスしちゃおうかと』
 バーカウンターの後ろ――南側の壁が、なくなっていた。
 否。全面ガラス張りに変わっていた。
 呆気に取られながら、天井に目を向けて気付く。ガラス張りの外壁を覆っていたシャッターが、フロアの天井部分に収納されていく。
 耳鳴りのような音はこの機械音だった。
 A館南側の壁が映し出す、月影の映える夜空。
「すご……」
 となりで一澄が絶句。
『我楼初の試み――花火とテクノのコラボレーションです』
 にやりと笑う秋哉の顔が、ヒナの頭をよぎった。



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