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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第36回 IZUMI / エンタメ・ジャンクション

 熱気と歓声が渦巻く。
 低音が肌を揺さぶって、メロディーが軽やかに躍る。
 天井のライトボックスが明滅して、レーザーが闇を切る。
 フロアに群がり踊る、人々のテンションは最高潮。
 光が一切灯っていないステージ上では、秋哉が自身のDJ技術を存分に発揮していた。
 以前に1度だけ、ヒナと一緒に聴いたことのある彼のプレイとはまた違う空気だ。何枚ものレコードを巧みに操り、曲と曲をつなげてゆく秋哉の音楽世界。ひしめく人波の真ん中で、一澄は心地良さに身を任せた。



  <Thirty-Six : IZUMI / エンタメ・ジャンクション >



 さすがは我楼トップクラスのDJといったところか。テクノに接触のなかった一澄でも十二分に楽しめるアクトだ。
 となりで躍るヒナをちらり見る。目が合って笑顔になった彼女に、笑って応えた。
 視線を戻せば、ステージの秋哉が縦に首を振りながらレコードを変えていた。
 ふと、彼と初めて出会った時を思い出す。
『ヒナ?』
 一澄の後ろ姿を、身長も違うのにヒナと間違えた秋哉は、今と同じようにヘッドホンを付けて首を振っていた。
 もしもあの時にヒナと会っていなければ、今こうしてここにいなかったかもしれない。我楼なんて知らなかったし、トモにも出会えなかった。
 人もまた、道なのだと実感する。
 人は人同士でつながっている。道はいくつもの分岐を経て、また道につながっている。
 秋哉・ヒナという道に入って、トモという道を曲がり、そこにはミナやハニームーン店長、東季という道があるのを知った。
 今やそれらがすべて、一澄の道からつながっている。
 ヒナの道はきっとペイントでいっぱいで、トモの道にはあったかい写真や映像があって、秋哉の道ではひっきりなしにテクノが流れているのだろう。
 幾つもの道が我楼で交わっている。まるでスクランブル交差点のように。
 そしてまた、別々な方向へと道は続く。
 一澄の道はどこへ続いているのだろう? どこへ行こうとしているのだろう?
 トモなら、きっとこう言う。
 先を見ようとするんじゃなくて、作って行こうよ。道はできていくものだから。
 今の一澄は、まだ道の途中。これからもいろんな道を見ていくのだと思う。いろんな道を覗きながら、一澄の道を進めていくのだ――――――――――――

 星型のレーザーが闇を射抜き、くるくる回りながら壁を駆け上る。
 いつのまにか、曲調が変わっていた。吹き荒ぶ風の中を駆け抜けるような、機械的な音。
 不意に4つ打ちが消えて、体が軽くなった。
 ちらちらときらめくメロディー。
 レーザーが。ライトボックスが。瞬くように明滅する光の世界。
 光と闇が交互に視覚を刺激する。メロディーが浮遊感を誘う。えも言われない心地良さに一澄は目を閉じた。
 鼓膜が高鳴る。耳鳴りが押し寄せた――――――
 ――ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪
 再び4つ打ちが戻った。フロアが一斉に沸く。あちこちから口笛が聞こえた。
 大人しかった低音・中音・高音が乱れ舞う。体の中心から興奮が脳に突き上げる――恍惚感。
 目を開くと、青いレーザーが駆けるステージが見えた。秋哉が体全体でリズムを取る。
 ――すごい……
 音楽が体に入ってくる感覚。一澄は体を揺らしながら、テクノのテンションに陶酔を覚えた。
 音符が空気を揺らす。一心不乱に躍る観客。
 ――こりゃ、人が集まるわけだ。
 フロアを埋める人波を見回して実感。みんな、この空間が好きなのだ。楽しく躍れて、歓声を上げて、また躍って、まだ躍って。
 一澄の首筋に汗が伝った。汗ばんだ体に不快感なんてない。体を包む熱気はテンションのみを上げる。
 爽快感に思わずにやけた。
 どんっ。思いのほか、強くヒナの肩とぶつかってしまった。反射的に顔を向けて――唖然とした。
 ヒナの頬がライトを薄く反射する。最初は汗だと思った。しきりに手の甲で拭っているのは、この熱気で噴き出した汗だと。小さく、本当に小さく震えているように見えた肩は、躍っているためだと。
 一澄の直感はそれらすべてを、ちゃぶ台返しで否定した。
 衝動がヒナの手をつかませる。あれだけ体に浸透していた音楽を体が拒否した。手を握られ振り返る、ヒナの顔を見るいとますらもったいない。きびすを返した一澄はヒナの手を引っ張って人波をすり抜けた。
 重いヒナの手が彼女の動揺を代弁する。しかしその主張すら、一澄は受け付けなかった。エントランスに向けて一直線。始終ぶつかる汗ばんだ体たちは邪魔でしかない。目の前の観客たち全員を蹴り倒したい欲求を乱暴に抑え付け、2人は早足でエントランスを抜けた。
 受付の女の物珍しそうな視線を横目に、A館を脱したところでヒナの声。
「ど、どうしたの?」
 力ない、涙声。
「いいから」
 言葉で突き放しながら、ヒナの手を放しはしない。離すもんかと力を入れる。
 じっとりと湿った柔らかい手は、たしかに戸惑っていた。
 イベント入り口とは逆の方向へ足を向ける。A館の壁際を折れて陰に入ると、ちょうど人気がない。一澄は足を止めた。
「のわっ」
 勢い余ったヒナが背中にぶつかる。
「痛〜」
 やっと一澄は手を放した。振り返りざま、やおらヒナを抱きしめる。大人しく、彼女は一澄の腕に納まった。
 潮とヒナの匂いが鼻の中で混じる。鼻先で揺れるヒナの髪が少しだけくすぐったい。
一澄はA館の壁に寄りかかった。小さく震えている肩を見下ろすと、心臓の近くがちくりと痛む。
「どうして泣いてるの」
 聞く。
「泣いてないよ」
 涙声で言われても。
「泣いてるじゃない」
「泣いてない」
 洟をすすりながら、ヒナは強情。
「泣いてる」
「泣いてない」
「泣いてる」
「泣いてない」
「泣い…」
「泣いてないっ」
 まるで意地っ張りな子供。一澄はため息をついた。唇に触れていたヒナの髪がそよいだ。
「ヒナが泣いてるなんて、つらいんだよ」
「……つらいよ」
 ヒナの声に嗚咽が絡んだ。
「あんなに楽しそうな秋哉を見てると、なんだか悲しくなる」
「やっぱり好きなんだ?」
 胸元でヒナは頷いた。
「今からでも手遅れじゃないんじゃない?」
 ヒナの首が横に揺れる。
「けど、好きなんでしょ?」
「ん」
 頷いて吸ったヒナの息は震えていた。
「でも、別れちゃった」
 吐かれた息も。
「何で別れちゃうかな?」
「だって」
 ヒナがしゃくり上げる。自然と、抱きしめる腕に力が込められる。
「秋哉といられる自信が、ないもの」
「秋哉さんも、ヒナが好きだよ。素直に好きだと思う」
 それは、初めて秋哉と会った時から感じている。
「秋哉が好きなのは、絵を描いてるあたし。描かなくなっても好きでいてくれるなんて思えないよ」
 胸元から聞こえるヒナの声は、こもっていて弱々しい。普段の無邪気さなんてそこにはなく、薄っぺらなガラスのような繊細さしかない。
「あたしは我楼から離れちゃうのに、秋哉はきっと、ずっと残ってる。いろんな人と出会って、いろんな人と話して、いつかあたしのことを忘れちゃうんじゃないかって」
 堰を切ったようにヒナの口から嗚咽が漏れる。
「考えるだけでつらいんだよ。秋哉の中であたし、いなくなるんだよ」
 こんな小さな体の中に、こんなにまで大きな想いがある。
 何かしてあげたい。
 何ができる?
「……大丈夫。いなくなるなんてこと、ないよ」
気が付けば口が動いていた。
「どうしてそんなこと、言えるの?」
「我楼にいればいいじゃない」
「無理だって言ってるじゃない」
「ヒナがいなくなるなんて……つらすぎるよ」
 一澄の語調が熱を帯びる。
「我楼から離れる必要なんてない。ヒナだって離れたくないでしょ? どうしてそれを突き通そうとしないの。やりたいことがある場所を離れるなんてもったいないよ」
 視界がぼやける。頬に涙が伝うのがわかった。
 何も変えられないなんて、つらすぎる。
「一澄が泣くことなんてないよ」
 優しく涙を拭ってくれたヒナの指はやわらかかった。
「我楼にいようよ」
 喉がつっかえる。
「泣いちゃうくらい秋哉さんが好きなんだから、ここにいようよ」
 ヒナは困った顔で笑った。
 やるせない。自分の想いはわがまま?
「一緒にいてよ」
 一番伝えたい言葉が一番震えた。
 いつのまにか、ヒナの肩は震えていなかった。泣いているのは一澄。抱きしめていたのが、抱きしめられている。
「一緒にいたいのは、あたしも同じ」
「だったら」
「縁があれば、また会えるよ」
 一澄の発言を遮って、爪先を伸ばしたヒナはそっとキスした。
 2秒足らずの触れ合い――唇が離れた後、潮風が妙に冷たかった。
「戻ろ? 後で秋哉に怒られちゃうよ」
 ヒナが腕から離れる。彼女の目をまともに見られないまま、手を取られた。
「最後のイベントなんだ、いっぱい楽しみたいんだ」
 その笑顔に抗う気になんて、もうなれない。我楼からいなくなるなんて嫌だけど、それ以上に、ヒナを困らせたくなんかない。ヒナの笑顔を見ていたい。
「一澄?」
 腕を引っ張られても動かない一澄の顔を、ヒナが覗き込む。
「……ん」
 深呼吸ひとつ。一澄は手の甲で涙を拭い上げて、
「――――――――――――行こう」
 精一杯笑った。



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