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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第35回 TOMO / ワラ?

 智が滑り込んだ車の中は外の空気と違って、クーラーのおかげでとても涼しかった。
「いや、まさか僕の場所がわかるなんてね」
 ドライバーシートに腰を落ち着かせていた長身痩躯の男は、ダークジーンズと黒のTシャツという出で立ちの良く似合う、落ち着いた物腰の人物だった。



  <Thirty-Five : TOMO / ワラ? >



「明仁さんにとって、ここは離れたい場所かと思ったんで」
 智が彼と顔を合わせるのはしばらくぶりのこと。相変わらずの人懐っこい笑顔で、細い目が一層細くなっていた。
「広い駐車場だったのに、よく見つけられたね。1台ずつ覗いたの?」
「まさか。イベントに来てるのに車に残るなんて、カップルか芸術嫌いしか思い付きませんよ」
「なるほど。1人でつまんなそうにしてるヤツを見つければよかったわけだ?」
「そんなに、芸術が嫌いですか?」
「すぱっと聞いてくるんだね」
 単刀直入に聞いた智を、明仁は面白そうに眺めた。その瞳が目に見えて厳しくなる。
「退屈なんだよ」
 躊躇のない発言はストレート。
「退屈」
 智は口の中で繰り返す。
「芸術なんて、変人ぶったヤツの趣味だよ。他の人と違うことをしたいってヤツが、まずすること。そんなに変人ぶりたいのかな」
 語調は穏やかだが、明仁の言葉には刺々しさがあふれていた。
「社会から逸脱したヤツらのすがり付くワラとしか、僕には思えない」
「それは……言いすぎじゃないですか?」
「そうかな。現に、智くんは不安定な身だ」
「不満なんてありませんが」
「不安もない?」
 試すような彼の視線を、正直、不快に思った。
「将来の展望は見えてるのかな。これからの日本社会を支える世代としての自覚を、しっかり持てているのか、甚だ疑問でならない」
「社会だって、変化はしていきますよ」
「芸術社会でも創立するつもり?」
 明仁は一笑に付した。
 覚悟はしていたが、どうやら彼の否定観念はかなり根深い。胸倉を引っつかむのは容易だが、それでは意味がない。
 衝動を落ち着かせようと、智は拳を握った。必死に糸口を探す。
「香耶には、社会に適合してもらいたいんだよ」
「芸術では適合できませんか?」
「どうして、我楼という場ができたんだろね?」
 明仁は脈略なく尋ねた。どうしてそんな話になるのか、瞬時には理解できなかった。
「いつからできたの?」
「我楼自体は……たしか、一昨年に。イベントを始めるようになったのが去年からです」
「そんなに古くないんだ?」
「むしろ新しいんですよ」
 まだ浅い我楼の歴史。明仁の顔に驚きの色が見えた。
「へ〜」
 感心か嘲りか、彼の声音だけでは判断しかねる。
「どういうシステムになってるのかなんて知らないけど、我楼という場所ができて、芸術家を自称する人間が集まること自体、社会から隔離されてると考えられないかな?」
「社会から弾き出された人間が、その逃げ場として我楼を選んでいるということですか?」
「もしも社会に適合できる力が芸術にあるのならば、わざわざ我楼なんて場所を作る必要なんてないよ。枠組みを作ってやらなきゃ人を集めることもできない、無力なジャンルだ」
「それが、官庁勤めの人間の意見ですか」
「芸術じゃ、国は動かないよ」
 言い捨てた明仁がタバコを取り出すのを見て、智は手を差し出した。
「1本、ください」
 目の前に出された手と智の顔を見比べた明仁は、軽く驚きながらもタバコを手渡した。
「やめたんじゃないっけ?」
「やめましたよ。けど、たまには吸いたくもなるんです」
 カキンッ――硬質な音でジッポのフタが開く。明仁の点けてくれた火で吸う久しぶりのタバコは、やっぱり苦かった。
 脳がぼーっとする。目の奥を何かに押されたような圧迫を感じる。
 何年ぶりに吸うんだっけ?
 灼けて渇く喉に唾を流し込んだ。
「そういえば」
 おもむろに明仁が口を開いた。キツイ目元はどこへやら、穏やかな視線に戻っている。
「初めて智くんに会った時も、僕がタバコを上げたんだっけね」
「高校で喫煙を見つかって停学中だったのに」
「そうそう」
 明仁が吹き出したのにつられて、智も思い出し笑い。
「あの時、どうしてタバコくれたんですか?」
「同じこと聞くんだね」
「前にも聞きました?」
「タバコ上げた時に」
 言われて思い返す。
 そんなやり取りをかわしたような記憶はなかった。
「…………聞きましたっけ?」
 明仁は頷いた。
「昔の僕も、あの時の智くんと同じ目をしてたんだ。『大人なんて』って。あの時分の年頃なら誰にでもある反抗心とは少し違うんだけど」
 自分の吐いた紫煙を目で追いながら、智はしばし沈思した。
 あの時の自分はどんな目をしていただろう?
 あの頃はやたらと自分自身を社会から隔離させたがっていた気がする。
 社会が自分の舞台だなんて、皆目考えていなかった。
「……なんて言えばいいんだろ? 表現できそうにないな」
 明仁は肩をすくめて、言葉探しをあきらめた。同時に智の思考も止まる。
「親近感を抱いたのはたしかだよ。僕と智くんの間に近いものを感じたんだ。だから知りたい」
 明仁の視線はフロントガラスのさらに向こう――遠くに投げやられていた。一片の雲のない群青の空に、まるで穴が開いたような満月があった。
「どうして智くんは、芸術というジャンルに踏み込んだのか」
 智はダッシュボードの灰皿を開けて、伸びた灰を叩き落した。
「智くんが美術に求めてるのは何?」
 灰でささくれたタバコの先を見つめる。答えはすぐに見つかった。
「時間というものを、自分なりに捉えてみたかったんです」
「時間、か」
「それが映像であったり、写真であったり。見過ごしやすい瞬間瞬間を大事にしたい――それが核です」
「芸術だと、それが可能になるわけだ」
「こういった考えが芸術的なものだと思ったんですよ。それが芸術を選択したきっかけです」
「なるほど」
 明仁の横顔が、どこか憮然としているように見えた。
「アートと呼ばれるものは、エンターテインメントだと思うんです。人がいる、その空間を彩るのが役目だと思ってます。昔からも、建築にはアート性が見られるように」
「様式美のこと?」
「それもそうですけど、昔ながらの喫茶店もそうじゃないですか。明るすぎないように光を落とした暖色の照明や、コーヒーの香り。食器のぶつかる音すら、空間を作り出すのにひと役買ってる」
「それらもアート?」
「空間を創り上げるのがアートの存在意義とするならば。だから決して、社会に適合できないなんて思えないんですよ」
「んー」
 腕を組んで明仁がうなる。その姿がヒナと重なって、やはり親子なんだと感じた。
 ふと、思い付いた。
「明仁さんの周りに芸術家の人は?」
「評論家を自称する人間ならいるよ」
「美術館とか行ったことあります?」
「何度かね」
「どうでした?」
「退屈だったよ」
 予想通りの返答。
 夜の帳に明るく浮かぶ我楼を見やった智の視界に、慌しく駆けてくる人影を見つける。
「香耶の絵は、もう見ました?」
 見覚えのある大きさの影は車に向かって近づいているようだった。
「いや。見ても仕方ないよ」
 すっぱり言い切る明仁も、その人影に気付いた。ゆっくりした動作で窓を開ける。
「じゃ、見に行きませんか? せっかくイベントに来てもらったんですし、車にこもってタバコ吸っているより、非常に健康的だと思いますよ」
 と、タバコを揺らしてみせると明仁は肩をすくめて笑った。
「――アッキー!」
「アッキー?」
 開いた窓から飛び込んだ玖美の大きすぎる声よりも、その呼び名の方に驚いた。
「そう呼ばれてるんだよ」
 はにかんだ明仁は静かにドアを開けると、駆けてくる玖美を迎えた。
智が次いで外に出る。かつての母親が明仁の前で息を切らしていた。
「こんな所にいたなんて……! 電話してもつながらないし」
 気息奄々と夫を責める彼女は変わらず小柄で、小動物を連想させる。肩で息をする彼女の頭に、手を乗っける明仁の気持ちもわかる。
「少し休もうか。彼とも話がしたいしね」
 明仁の言葉で智の存在に気付いたらしく、
「智くんっ!」
 目の前のことに熱中しやすいヒナの性格は、疑うことなくこの人譲り。
 年齢の割りにまだ若さを感じる笑顔に、智も笑顔で応じた。
「香耶の絵は、どこにあるんだっけ?」
 明仁の口から出た言葉が、玖美をきょとんとさせる。
「え?」
 自分の耳を疑っている風な彼女をからかうように、明仁はタバコの箱を振ってみせた。
「タバコ切れちゃった」
「案内しますよ」
 糸口を見つけられるかもしれない――期待に近い思いが智の胸に広がった。
 封を切られていないタバコがダッシュボードにあることを、明仁も知っているはずだから。



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