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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第32回 TOMO / つながらない電話

 一澄とヒナの2人と別れC館を出た直後、名前を呼ばれた気がして、智は振り返った。我楼の波止場にできた人垣から、にょきっと突き出る手がなければ、空耳だと勘違いしていたところだ。
「顕さん」
 後ろに三人の女を引き連れたハニームーンの店長は、興奮ぎみな表情と声で智の元へたどり着いた。
「すっごい人の数じゃない! こんな動員数、見たことないわよ!」
「俺もですよ。ここまで人が来るなんて、予想以上」
「来て良かった〜。――あ、この子達はモデルやってた時の後輩」
 連れた3人を示して顕は紹介した。通りで3人ともスタイルが良くて、どこかで見たことのある顔のはずだ。
「我楼の話したら興味持ってくれたの。ちょうど、大きいイベントがあるからって連れて来たんだけど――大繁盛じゃない!」
 よっぽど興奮しているらしい。顕がここまで鼻息を荒くするなんて珍しいことだ。
「もう、どこか回ったんですか?」
「ううん。これから回るとこ。とりあえずA館から行ってみようかなって」
「だったら、19時くらいに入るといいですよ」
「どうして?」
「このイベントを一番楽しむにあたって、その時間のA館がいいんです」
「何か企んでる?」
「人聞き悪いこと言わないでください。いいパフォーマンスが見られるんですよ」
「智くんがそう言うんだったら、そうしようかな」
 とても華奢な、チェーンをデザインした腕時計で確認した顕は、
「もう少し時間あるわね。他の所から回ることにしましょ」
 んじゃね――言い置いて、その場を後にした。



  <Thirty-Two : TOMO / つながらない電話 >



 顕を含んだ、美形4人を見送った智は腕時計に目を落とした。18時半に届きそうな針を見て、携帯電話を手に取る。
 プルル――呼び出し音を3つ数えた。
『おう』
 太い声で感情の読みにくさは相変わらず。
「こんにちは。我楼には、もう来てます?」
『ああ、もう着いてる。すごい人の数じゃないか』
 思わず智は吹き出した。
『何がおかしい?』
「いや、みんな同じこと言うんだなと思って」
『普段はこうじゃないのか?』
 淡々と尋ねるその声音は、よくよく、慧の声に似ている。
「ここまで大きいイベントが初めてなんです。だから、客入りは予想できなかったんですよ」
『大盛況で良かったじゃないか』
「その反面、心配事もありますけどね」
『心配事?』
「近隣の迷惑になってないかなと」
 電話の向こうで、小さな鼻息が聞こえた。
『祭りなんだ、多少の騒ぎは仕方ないだろ』
 どうやら、鼻で笑ったらしい。
『さっき、年寄りと気さくに話してる若者を見た。ここに集まるヤツらは自分本位なヤツらが少ない。もっと信頼していい』
 智自身、それは感じていることだ。ただ、自分で思うよりも誰か他の人から言ってもらった方が断然安心できる。
 だから素直に言うことができた。
「――――――ありがとう」
『礼を言われるようなことを言ったか?』
「言いたかっただけです。ただそれだけ」
 傍から聞いたら、さぞかしおかしな会話だろう――そんなことを思うと、おかしさがこみ上げる。
『変わったな』
「そうですか?」
『前はもっと尖ってた』
「ははは」
 たしかに、今の自分は過去の自分よりずっと丸くなった。
 きっと、生きることに余裕ができたんだ――――
『お前は玖美(くみ)似だな』
「そうですね。玖美さんの性格に近いと、自分でも思います」
『玖美も来てるのか?』
「来てるはずですよ」
『そうか』
 彼にとってはどうでもいい質問だったのかもしれない。携帯電話を挟んで、2人の間に沈黙が落ちた。周囲の喧騒が、やたらと耳につく。
『……………………じゃ』
 先に出た声は相手のものだった。
「はい。楽しんでってください――父さん」
 小さな鼻息が聞こえて、電話は切れた。
 父さんだなんて、久しぶりに呼んだ。あの、感情の起伏が乏しい彼が、ひょっとして照れたのだろうか?――想像すると、自然と口元が緩んでしまった。
 さて――深呼吸で気を取り直す。次の電話を掛けようとしたちょうどその時に、携帯電話がバイブで震えた。ディスプレイが相手の番号と、『玖美さん』の文字を表示した。
 ――タイミングのいい人だよ、ほんと。
 内心で微笑みながら、智は電話に出た。
『トモくん!?』
 ただでさえ甲高い女声がヒステリックに響く。反射的に電話を耳から引いた。
『さっきから電話してたんだよ! なのに全然つながらなくて……!』
「落ち着いてください。何があったんですか、母さん?」
『えっと、だから……!』
 なだめたものの、落ち着く気配は感じられない。その慌てふためく声に、智の胸がざわついた。母親――玖美は普段から落ち着いている人間だ。ヒナが家を出た時以来、ここまで慌てる彼女は見ていない。
「……明仁(あきひと)さんは?」
 直感的に智は尋ねた。
『いないの!』
「いない!?」
『さっきまで一緒にいたんだけど、ふっと消えちゃって』
 胸のざわつきが、ざらりと感触の悪いものに膨らんだ。
『ごめん、トモくん』
 心底申し訳ないと、玖美の声がしぼんだ。
 ヒナの父親――明仁がいなくなった。玖美に協力してもらってイベントに来てくれるよう説得できたというのに。
「母さんのせいなんかじゃないですよ。俺、探しますから」
 電話を切って、智は駆け出した。携帯電話のリダイヤルから明仁の番号を探し出しコールする。
 ――プルルッ!
 人垣の脇をすり抜け呼び出し音を数える。
 ――プルルルルッ! プルルルルッ!
『――留守番電話サービスに…』
 業務的なアナウンスを聞くやすぐに電話を切った。
 ――迂闊だった……!
 リダイヤルを掛けながら八つ当たりしたい衝動に駆られた。明仁を説得できたということだけで安心しきっていた。
 まさか、唐突にいなくなるなんて。
『――留守番電…』
 呼び出し音もなく、あくまで業務に忠実なガイダンスを乱暴に切る。
 危うく人とぶつかりそうなところを巧みにすり抜け、ひたすら会場入り口に向かった。
 ――もしも。
 もしも明仁がこのまま帰ってしまったら、ヒナはずっと戻らない――大切なものを守りたいという思いが智の背を押し続けた。
 明仁に芸術を知ってほしい。
 芸術のそばにいるヒナを理解してほしい。
 ヒナが本当にやりたいことを。
 ヒナにとって大切なものを――

 ――――――――――――――ふと、智の足が止まった。

「…………俺が守りたいものって」
 足下に視線が落ちる。逆さまになった『WELCOME to Ga-Row!!』のペイントが、暮れてゆく陽の中で浮かんでいた。
 まだ来客の姿はあった。立ち尽くす智に気付かない風に、彼らは我楼へ赴いていく。
 波音に掻き消されてしまうほどの声で、智は呟いた。
「俺は、俺の中のヒナを守りたいだけか?」
 ――我楼にいても苦しむだけだ――――慧の言葉が耳元で渦巻いた。
「俺は……」
 ゆっくりと潮騒がひと際ざわめいて、ふわり、潮風が前髪を揺らす。
 ――信じてるなら。
 耳の奥で一澄の言葉が凛と鳴る。
 ――トモが信じてるなら。
 いつだったか、聞いた言葉だった。
「……そうだね」
 顔を上げる。イベント用に特設した駐車場が見える。我楼とは相対し、収容量いっぱいに埋まった車たちはひっそりとしていた。





「――――――――信じよう」
 智は再び駆け出した。




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