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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第31回 IZUMI / B館ウォーキング

「へ〜。物販かぁ」
 B館に入るや、ヒナが興奮気味に見渡した。一澄が初めて踏み込んだB館はまばらな客入りで、それほど活気があふれているという雰囲気ではなかった。
 室内の大まかな造りは、A館・C館と同じ、二階分の吹き抜け。フロアの奥にはC館と同じ螺旋階段が見えた。
 フロアにレイアウトされたブースは、書籍、Tシャツ、雑貨……という具合に分類されていた。ヒナと並んで巡ってみると、そのグッズの多さ、ジャンルの広さには目を見張るものがある。
「トモも忙しいヤツだよねー。一澄と一緒にいてくれればいいのに」
 出入り口で平積みにされていたB館のパンフをめくりながら、ヒナが口を尖らせる。
「一緒にいたいって、言っちゃえばいいんだ」
「私1人が独占しちゃいけないよ」



  <Thirty-One : IZUMI / B館ウォーキング >



 2人が足を止めたのは写真ブース。パイプの事務デスクに並んだポストカードは、どれも個性のある、独創的な世界のひと欠片を写し出していた。文庫本サイズの写真集まである。こちらはさすがにコストが高いのか、ポストカードに比べて数が少なかった。
「我楼イベントじゃ演出担ってるし、それを邪魔するわけにもいかないでしょ?」
 ふてくされるヒナをなだめながら、1枚のポストカードが一澄の目を引いた。吸い込まれるように手に取る。
 青い壁の前で背伸びをする少女が映っていた。壁にホワイトカラーで描かれた羽が少女とうまく重なって、大きく羽を広げた天使に見える。
「どうして一澄ってそんなに寛容なのかなー? 物分かり良すぎるよ」
「それだけ大切に思ってるの」
 カードを裏返す。メッセージスペースの下に小さく、
『un-TITLED 夏見里央』
 という文字を見つけて、また表に返した。つなぎを着た少女が、羽と背を伸ばした写真。壁の右下に、見覚えのある筆記体を見つけた。
 ――――『kaya』――――
「一澄ってわがままとか言わないの?」
「これ、ヒナ?」
「見てて落ち着きすぎ…へ?」
 ずっとパンフに見入っていたヒナが顔を上げた。ポストカードを覗き込んだ彼女は、ああ、と何度か頷いた。
「そだよ。まだ一澄と出会う前に書いたやつ。へー、ポストカードになってるんだねー」
「これ撮った人も我楼の人?」
「うん、夏見里央。DJもやってるんだ」
 と、ヒナがイベントパンフのタイムテーブルを開いた。A館の欄に並ぶアーティストをなぞった指が止まった。
『DJ Я』
「これが里央。我楼でも数少ない女DJなんだよ」
「写真もやってるの?」
「そ。あたしの絵を撮ってくれて、それがきっかけで知り合ったんだけど、なかなか変わったキャラだよー」
「へぇ」
 一澄はもう一度、まじまじと写真を見つめた。着飾るでもなく、斜に構えるでもなく、自然体でとらえた一瞬。こんな写真を撮ってみたいと、一澄は憧れに似た感情を覚えた。
「――あの」
 ポストカードにすっかり見入っていると、おずおずと声をかけられた。
 顔を上げる。
「高野さんの知り合いの方ですか?」
 目が合ったのはブースの女だった。痛んでいそうな茶髪を肩まで伸ばし、オレンジ色の縁メガネが良く似合う、長身の女――ノースリーブのカットソーとロングスカートを着たその身は、見るからに細かった。
 トモの知り合い?
「はあ、そうですけど……?」
「この写真の人ですよね?」
 並んだポストカードの列から、女が1枚差し出した。
「?」
 受け取った一澄の手元をヒナが覗き込む。
「へぇ〜〜〜」
 にんまりと、彼女は感嘆した。
「私、高野さんの写真って好きなんです。やわらかいイメージがあって」
 しゃがんだ女が差し出した指先を、三毛猫が嗅いでいる風景。単なる写真とは異なり、うっすらと光の筋が映っていた。
「変な光が入ってるけど、何だかきれいだねー。自然の光じゃないみたいだけど」
「多重露光です」
 ヒナの疑問に女が即答。
「重ね撮りです。1枚のネガで2回、写真を撮るんです」
「ネガに2回焼き付けるんだ?」
 納得したヒナに女は笑顔で頷いた。
「そんな手法を使ってるとかどうとか以前に、とってもいい写真ですよね。高野さんの持つ写真の特性を引き出せる、いい表情ですよ」
 彼女の言う通りだと感じた。写真の中で猫と戯れる一澄は、自分でも驚くくらい、やわらかい笑顔だった。
「好きな人と一緒にいる時って、そういう表情になりますよね?」
 ふいに言われて虚を突かれた一澄は、あはは、と笑うしかできなかった。
 脇を小突くヒナが、意味深ににやける。
「……これ、ください」
 彼女の手を払った一澄は屈託なく笑う女に、ヒナとトモのポストカードを差し出した。
「――きっと、一澄が彼女さんだって知ってるねー、ありゃ」
 写真ブースを後にして雑貨ブースに移った。ヒナが一澄の写真を眺めながら勘繰る。
「かもね」
 一澄は曖昧に応えておいた。
 もしかしたら彼女もまた、写真をしている人なのかもしれない。
 いろんな顔を見てきたのかもしれない。
 だとすれば。
 表情を見ただけで、わかってしまうものなのかもしれない。
「缶バッチがいっぱいだ〜」
 歓声を上げて、ヒナのスイッチが写真からブースに移る。机の上、並べられたアルミ皿に小分けされた缶バッチは、種類が豊富に取り揃えられていた。
 絵、写真、CG、ロゴ――バリエーション豊かなバッチを手に取る。
「いらっしゃ〜い」
 浅いキャップをつけた男が声をかける。顎ひげをきれいに整えた細面の男は、パイプイスに前屈みに座った体勢で、
「どんどん手にして見ちゃってよ。種類はたくさんあるから、気に入るものが見つかるはずだから」
 と、満面の笑みで手を広げた。
「客入りはどうなんですか?」
『俺中毒』とロゴの刻まれたバッチを眺めながら、一澄は尋ねた。
「ま、予想通りと言っちゃ予想通りだね」
 男、苦笑。
「A館でライヴアクトやってるでしょ。客の流れがほとんどそっち行っちゃってるから。ライヴの合間に休憩時間みたいなのを持ってくれればね、まだこっちにも流れて来るんだろうけど」
 なるほど。そういう問題もあるのか――肩をすくめる男を見て、一澄は思った。
「あれ?」
 ふと、男の視線がヒナに留まる。自分を見つめる視線に気付いたヒナがきょとんとした。
「日生香耶さんじゃない?」
 そういえば、そういうフルネームだった。
 すっかり『ヒナ』というイメージと直結させていた一澄は、その語感に新鮮さを抱いた。
「そだけど」
 うろたえたように、ヒナのまぶたが瞬いた。
「やっぱり。C館の壁、日生さんのでしょ? じっくり見せてもらったけど、やっぱりいい絵だよ」
 初対面の人に褒められ、ヒナは照れ笑いを浮かべた。
「ありがとー」
「あんないい絵を描けるなんて、すごくうらやましいよ。これからもいい絵を描き続けてほしいね」
 極めて素直な男の言葉――ヒナの顔に、ぱっと見ではわからないほどの翳りが見えたような気がした――――――



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