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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第30回 AKIYA / 青のり

 A館のステージに設えられたDJブースではヘッドホンをはめた女DJが気持ち良さそうに体を揺らし、その姿を青い照明が照らしていた。彼女が手を振り上げれば、レーザーの駆け回るフロアが一斉に沸く。
 鋭く刺のある4つ打ちと、ループする機械ヴォイスが鳴り響くフロアで秋哉は観客(ラウド)として躍っていた。フロアを程よくいっぱいにする人の姿を何気なく見回しとなりを見ると、同じように躍るサトと目が合った。
「ちょっと休憩」
 彼に耳打ちした秋哉は、躍って波打つ人波をすり抜けてエントランスからA館を出た。熱を帯びていた体を潮風が冷ます。水平線に夕陽が浮かび、オレンジの光が波間にきらめいた。
「腹、減ったな」
 振り向いたらサトがタバコを口にしていた。
「躍ってなくて良かったのか?」
 聞くと彼は火を付けて、ゆっくり紫煙を吐いてから、
「ちょうど休もうかと思ってた」
「じゃ、何か食いながらまったりすっか」
「ん」



  <Thirty : AKIYA / 青のり >



 我楼の前で展開した出店は大いに賑わっていた。イベント開始直後よりも、確実に人口密度が上がっている。コレだけの人が我楼に集まることなど、今まであったろうか?
「――遠場!」
 人の肩と肩をすり抜けていると、正面から声をかけられた。周囲の人垣より頭1個分だけ突き出たスキンヘッドの男は、秋哉のよく知った顔だった。年の頃は30代前半。眉を細く整えている顔立ちは彫りが深く、縁なしメガネが彼の印象をやわらかくしている。
「おー! 来てくれたんだ?」
「ったりまえだろ」
 秋哉の前に立つや男は彼の肩を叩き、張りのある声で半径2メートル前後の視線を集めた。
「しっかりプレイ見せてもらうからな。今日って日をどれだけ待ちわびたことか」
「俺のプレイは見てんだろ?」
「我楼のプレイは初めてだろ。ウチ以外の遠場を見るのが楽しみだったんだ」
「そういや、我楼イベントには一度も来てねーな」
「今日が初めてだ。俺が見てるからって緊張して、しくじったりすんじゃねぇぞ?」
 嫌味っぽく細めた男の瞳を秋哉は睨んだ。
「しくじるかよ」
「はっはっ。じゃあな、楽しみにしてる」
「おう」
 その場を後にする大きな男の背を、サトが横目で追う。
「誰?」
「俺がしょっちゅう回してるとこの経営者」
「クラブの人か」
「そ。――お、大阪焼」
 サトに首肯しながらも、好物の匂いに引かれて出店に向かった。
 秋哉は大阪焼、サトは焼そばをそれぞれ買うと、B館の前に設置された休憩所に空いたテーブルを見つけ、2人は腰を落ち着けた。
「そうそう」
 割り箸を割った秋哉が話を切り出した。
「さっき言おうと思ったんだけどよ、あいつ、上手くなったのな」
「里央?」
 焼そばをほぐしながらサトが、たった今まで2人を躍らせていた女DJの名前を挙げた。
「ああいうDJプレイできるようになるなんて、成長したもんだ」
「ん」
「前は、何つーか、単に曲と曲をつなげるだけ、並べてるだけだったのにな。いきなり曲調変わったりしたもんだけど」
 言って、秋哉は大阪焼を頬張った。
「DJユニットは?」
 おもむろにサトが箸を止める。あまりに唐突だったため、不意打ちを食った秋哉の頭は白くなった。
「ユニット組みたいって言ってただろ?」
 サトは相変わらずの無表情で淡々と続けた。
「里央に声かけてみれば? あいつ、まだ成長するだろうから、いい刺激受けられるんじゃねぇかな」
「……ああ、そういうことか」
 頭の中で合点を見つけた秋哉を、サトは不思議そうに見つめた。
「いきなりユニットの話が出てきたから何かと思っただけだ。――そうだな、里央はいい人材かも知れねぇな。ジャンルも近ぇし」
 大阪焼きを噛む度に鼻に駆け上がるソースの匂いが、実に香ばしい。
「それに、サトが『まだ成長する』ってんなら確実に成長するんだろうよ。おまえって人を見る目だけはあるからな」
「だけって言うなよ」
「少しは表情変えろって。そういうキャラってのはおもしれーけど、時々不気味に思うことだってあっからよ」
「そんなこと言われてもよ……」
 文句を呟く自分の口を、サトは焼そばで塞いだ。
「おまえが表情変えたとこなんて見たことねぇからさ、見てみてぇってのが正直なとこなんだ。どんな風に笑うのか、とか」
 ふん――サトが鼻で笑った。
「鼻で笑うか」
 秋哉が不機嫌を露わにして大阪焼をかっ食らうと、サトは首と手を横に振って、
「俺の表情に興味持ってるなんて思いもしなかったんだよ」
 焼そばを飲み下した。ソースの匂いを含んだ大阪焼を乱暴に噛み砕いた秋哉は、しっかり飲み込む前に口を開いた。
「無表情ばかり見てたって飽きるだろ」
「飛ばすなよ」
 テーブルに飛んだ大阪焼の破片をサトが指で弾く。
 真正面に。
「あ、バカっ」
 今度はTシャツに飛び付いた破片を、秋哉は慌てて払い落とした。
「変わろうって思ってるよ」
 シミがないか丁寧にチェックしていた秋哉が顔を上げる。
「あ、そうなんだ」
「どうでもいい返事すんなよ」
「今はシャツの方が大事なんだよ」
 きっぱり言い放つ。サトが紅しょうがをつまみ上げた。
 着色料たっぷりの物体を無言で見つめる彼に、にわかに危機感がよぎる。
「……投げんなよ?」
 警戒心を最大限にまで引き上げた秋哉を一瞥したサトは、黙ったまま箸をくわえた。
「投げようとしただろ?」
「してねぇよ」
「じゃ、どうして気持ち、仏頂面なんだ」
「気のせいだろ」
「そんなはずねぇ」
「ガキか」
「かもなー」
 言い捨てて秋哉は大阪焼に箸を突き立てた。
「……珍しいな」
「何が」
 ひと口サイズに切りながらサトを見る。彼は大阪焼を見つめながら、
「引き下がりがいい」
「いつも食らい付いてばかりだと飽きるだろ。緩急つけねぇと」
 と、秋哉は切った欠片を口に放り込んだ。
「緩急、な」
 もごもごと口の中で呟くのが聞こえた。
「そ、緩急。変わろうって思ってんだろ?」
 奥歯の、そのまた奥に詰まった大阪焼の欠片を取ろうと舌を動かしつつ、サトの無表情を窺う。やはり表情は変わらない。
「何がサトのきっかけになってんのか知らねぇけど、そう思ったんなら実行しねぇとな」
「――だよ」
「お?」
 周囲の喧騒に負けて、サトの声は聞き取れなかった。
「トモが、俺のきっかけ」
「ああ、あいつか。おっとりしてるようで、どっか影響力あるヤツだからな。不思議な人間だよ」
「秋哉がトモと一緒にいる理由がわかった」
「おまえは俺より付き合い長ぇだろ」
「俺の場合、関係が関係だから」
「あー、なるほど」
 頷いてはみるが、秋哉にとっては想像できない関係だ。複雑であるという認識までしか届かない。きっと、秋哉が思っている以上に、当人たちにとっては複雑な人間関係なのかもしれない。
 ――なんてことを考えてみた。
「俺も、変わる時期なのかもしれない」
 サトの呟きをぼんやり聞いた。
「ほっぺに青のり付いてんぞ」
「話、聞いてんのかよ」
 言い返しながらも、彼は右頬をなでた。
「聞いてるよ、しっかり。ちなみに、逆」
 言われて左頬をなでるサトがおかしくて、秋哉は吹き出した。
「まだまだ、サトも変われっだろ。どんな人間になんのかはわからねぇけど」
 わずかにぶすっとしたサトが、秋哉の口元を指差す。
「前歯に青のり」
「……笑えよ、こういう時に」
 ついっとそっぽを向いたサトの唇が、あ、と小さく開いた。
「どうしたよ?」
 前歯の青のりを爪でこそぎ落とした秋哉が聞く。
「親父」
「は?」
 バネで弾いたように首がサトの視線の先へ向いた。だが、出店の店員が客を呼び込む声と雑踏の入り混じった人垣は、目的の人物を見つけさせてくれなかった。
「ま、呼んだんだったら来るんじゃね?」
 あきらめて大阪焼の半分に取りかかる。
「俺は呼んでねぇよ」
「じゃ、トモが呼んだんだろ。トモの片親はサトの片親でもあんだから」
「あそっか」
「俺より先に気付け」
「だな」
 言って焼そばに箸を付けたサトの口元が、わずかに緩んだ気がした。



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