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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第3回 AKIYA / 翔ぶ羽

 ここ一週間ほど、快晴が続いていた。平穏で背の低い町並みを歩きながら、遠場秋哉(とおば あきや)はまだ火をつけたばかりのタバコを吸う。肺を満たした紫煙は彼のため息に乗ってそよ風に流された。
 秋哉お気に入りのMP3ヘッドホンからはひっきりなしにテクノが重低音を響かせているものの、まったく頭に届かない。鼓膜を叩くだけ。ただの雑音。
 うるさいものにしか聴こえない音楽を停止させて、耳元から首元にヘッドホンを下ろす。遠くで車の音と猫の鳴き声が聞こえた。普段なら彼がまだ活動していないはずの時間――ケータイの液晶画面を見て眉を上げる。
 10:21 a.m.――



  <Three : AKIYA / 翔ぶ羽>



 ここ数日ほど、秋哉はよく眠れていない。1日の間で最も脳が活性化される深夜の時間ですら、ぼぉっとして過ごす。いつの間にか眠りに落ちているかと思いきや極めて浅く、『目覚め』というより『現実に気付く』といった風に、ふっと起きる。
 それが数日続くと、1日という時間の単位と、現実と夢の境目がわからなくなる。体の感覚が曖昧になる。思考がぼやけ、脳がぼやけ、自分自身の存在すらぼやけるような、溶けるような錯覚を覚える。
 気付けば考えていること。
 ヒナという人間が、よくわからない。
出会った時の第一印象もそうだった――つかみどころがない。
『あたしってふわふわしてるから』
 そう言った彼女に秋哉は惹かれた。
 何も考えていないようで思考は常に動き続け、物事に流されているようで真っ向から立ち向かっている。
 プラスとマイナスが同居し、限りなくゼロに近くなった存在。常人の理解では収まる術のない人間性。
 彼女の言うふわふわとは、そういったものだと思っている。
 常人の常識という地に足が着いていないヒナに、秋哉自身が何かしてあげたいという思いはない。ヒナのとなりにいて、ヒナを理解し続けていたいという想いだけ。彼女の羽をむしろうなどとは決して思わない。せっかく羽があるのだから翔べるところまで翔ばせたい。
 自由気ままに翔んでいるヒナが好きだから。
「――あれ?」
 小さな十字路を右に曲がると、見たことのある女が道端に座る猫を撫でていた。思わず発した秋哉の声に、向こうも気付いて顔を上げる。
「あ」
 口を開ける。
「えーと。久しぶり」
 何やってんだ――大して仲も良くない相手に声などかける自分に対して、腹を抱えて笑ってやりたい。
「ヒナの彼氏さんですよね?」
 軽く会釈して女は聞いてきた。
「一応ね。――あー、わり。名前聞いてなかったよね?」
 しゃがんでいる女の視点に合わせようと屈み込む。猫が不思議そうに秋哉と女を見比べた。
「御杉です」
「変わった名前だねー?」
「秋哉さん、でしたっけ?」
「何で知ってんの?」
 1週間ほど前にほんの数分しか会っていない人から名を呼ばれると、やはりびっくりするもんだ。
「ヒナから聞いてるんです。よくメールとか電話してるんで」
「へぇ? 初めて聞いた。そんな話、されてないもんでさ」
 と言うと、明らかに御杉は驚いた様子だった。
「初めて会ったのが一週間前だっけ? その時に『おもしろい人だよ』とは聞いたけど、ほんと、それだけしか聞いてないんよ」
 すぐ脇を軽自動車が通って、猫が毛づくろいを始めた。
「あ。あと、『やっぱ年下だって思われた』」
「そりゃ思いますよ」
 あまりの即答っぷりがおかしくて、秋哉は笑ってしまった。
「はははっ!――けど、ヒナはたしかに幼く見られるヤツだよ」
「コンプレックス感じてるみたいですけどね」
「でもあいつ、作業してる時は凛々しいんだ、これがまた」
「絵を描いてる時ですか?」
「そ。見たことある?」
 御杉は左右に首を振った。
「我楼に来たことない?」
「ないです。何度か誘われてるんですけど」
「学生やってんの?」
 また首を振る。
「フリーターです。週5でバイトを」
 そこまで言って御杉は苦笑した。
「やってたんですけど、辞めました」
「辞めたの?」
「あまりにもこき使うもんで。しまいには『お前の代わりなんていくらでもいるんだ』。水ぶっかけて辞めてやりました」
 肩をすくめておどけて言う御杉がそんな行動を起こすようには見えない。
 人ってわからんもんだ――変なところで実感した。
「激しい人なんだねぇ」
「カチンときたら誰だってそうなりますよ」
 などと大人しく笑われても、水をぶっかけるイメージと結びつかない。
「じゃ、今はひま?」
 分離するイメージは脇に放ることにした。
「はい。次のバイトが決まるまで、当面は」
「だったらいつでも我楼に来なよ。大体、毎日のようにヒナはいるし」
「秋哉さんは、そんなにいないんですか?」
「ヒナみたいに、毎日のようにはいないね。気が向いた時に行くくらい」
「よくわからないんですけど、DJってどんななんですか?」
「どんな?」
 漠然としすぎる疑問符に、秋哉は返答に困った。
「んっと、同じ音楽でもバンドとは違うんですよね?」
「俺は、そうだね、基本的に機械音主体になっちゃうかな。生音入れたりもするけど」
 んー。説明に困ってうなる。
「テクノとかトランスとか、聴く人?」
「いや、そっちの方は」
 申し訳なさそうに御杉は鼻頭を掻いた。
「どういうの聴くの?」
「主にJポップですね。マニアックどころだと、『HECTION!』とか」
 秋哉の顔を窺うように出された名前は、まったく知らないものだった。
「くしゃみ?」
「バンド名ですよ、ちゃんとした」
「聞いたことないなぁ」
「マニアックな上にネット上でしか音楽を発信してませんからね」
「CDとか出してないの?」
「出してないんですよ。だからCDに落とすしかないんです」
「なるほどね」
 たいした興味は湧かなかった。いつものことではあるが、秋谷がアーティストに興味が湧くには実際に音に触れないといけない。活動内容より音楽の質。秋哉自身がそう見てほしいように、秋哉は音楽に対してそういった質を求めている。
「ところで、敬語使うのやめない?」
 実はさっきから気になっていたことを切り出してみると案の定、御杉は数度、目を瞬いた。
「苦手な人ですか?」
「接客されてるみたいでヤなんだ。自分の立場が上みたいだし」
「だって年上じゃないですか」
「ヒナと同い年だから、3つ下か。たかが3年長く生きてるくらいで敬語使われたくないんよ。その差で俺と御杉の人間性に差ができるとも思ってないし」
「ふぅん。変わった人ですね。3つも年齢差あったら、大方の人は敬語使わせますよ、きっと」
 感心に似た口調で言う御杉に、
「俺が苦手なんだからしょうがない。だから今後一切、敬語禁止」
 びしっと秋哉は言いつけた。
「なんだか秋哉さんて『兄ちゃん』って感じ」
「はい?」
 あらぬ切り出され方に虚を衝かれた。
「そう言われたことありません?」
「敬語」
「そう言われたことない?」
 言い直した御杉に満足げに頷いてから、考えてみた。
「んー、ねえと思うけどなぁ? どこらへんが?」
「雰囲気っていうか、物腰が……?」
 答えるものの、御杉自身よくつかみきれていないらしく、小首を傾げる。
「御杉って兄貴いる?」
「妹しかいない。――あ」
 あっさり否定した御杉の口がぽかんと開く。
 しばらくの時間を放っておかれたままだった猫が、秋哉の膝に身をすり寄せて去って行った。
「私の中の『お兄ちゃん』像に近いんだ」
「何それ?」
 猫の後姿を見送った首を御杉に戻す。
「秋哉さんって、私の中のお兄ちゃんなんだ」
「俺が兄ちゃん的イメージってこと?」
「そう」
 かなりの力を込めて御杉が頷く。
「あーなるほど。それじゃわかりづれーよ」
「私の中のイメージだからね、秋哉さんには伝わりにくいかも」
「そりゃね。俺は御杉じゃないんだから」
 破顔した秋哉の頭の片隅で、トモが言った。
 俺はヒナじゃないんだから。
「猫、行っちゃったね」
 今さらのように御杉は言った。
「あんだけ放っとかれたら、俺でも帰るわ」
「悪いことしちゃったかな」
「次会ったら、しつこいくらい構ってやれば?」
 表面上はしっかり御杉とやり取りしながらその内側で、秋哉はたった今浮上した疑問を転がす。
「そうしよ。嫌がられてもくじけないくらい」
 ヒナの中にある秋哉のイメージはなんだろう?
「あんまりしつこくして、引っ掻かれないようにしないと」
 聞いてみよう。
 直接聞いてみればいい。
「秋哉さんって石橋を叩く人なんだね」
 1人であれこれ考えるよりも、よっぽど確実な答えが手に入る。
「引っ掻かれる前から引っ掻かれる心配したって、どうしようもないでしょ」
 にっこり笑った御杉の言葉が、妙に胸に染み込んだ。
「ん、その通りだわな」



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