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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第28回 IZUMI / Art Live
 
 17:30――Art Live.
 分館別に分けられたタイムテーブルの中に、一澄の好奇心をくすぐる文字を見つけた。
「これってヒナの言ってたアートライヴのこと?」
 聞いた一澄に、出店のフランクフルトをくわえたヒナは頷いた。
「ひうおはひえへ?」
「飲み込んでから言って」
 口の中いっぱいに噛み砕いたフランクフルトを飲み込んで、改めて。
「見るの初めて?」
 と、ヒナは指先に付いたケチャップをなめ取った。
「うん」
「時間もちょうどいいし、見に行こっか」
 というわけで、2人はC館に入ることにした。



  <Twenty-Eight : IZUMI / Art Live>



「おぉ」
ドアをくぐるや、ヒナがにんまりした。声こそ出さないまでも、一澄の顔も緩む。
 ヒナの描いた壁画に縁取られた空間は、点在する電飾と相まって独特な空気を生み出していた。ガラスの多面体の箱には電球が閉じ込められ、鉄パイプを組んで木を模したオブジェが電球をいっぱいに実らせる。
 暗すぎず明るすぎず、光のバランスにすらセンスの息づく空気。
 2人は顔を見合わせた。
『いいね〜〜』
 真ん中に、いつだったか一澄の見た白い板が立っていた。早くも人垣が囲っている。十代から中年まで、幅広い層の横顔が見える。彼らの話し声が、ボリュームを落として静かに聞こえるピアノの旋律と重なる。
 ふと気付いた。
「スピーカーなんてあったんだ?」
「今日のために取り付けたんだよ」
「ヒナは知ってたの?」
「今気付いた」
 繊細な音色が徐々に消える。光源が強まって、影が弱まった。
 期待の空気が満ちる中、スピーカーからいっぱいの拍手が響く。
 ぽんっ。肩に手を置かれ一澄が振り返るとトモの笑顔があった。
「これ、何?」
 未だ鳴り止まない拍手の波。上を指して一澄は尋ねる。
「A館でやってるライヴの音だよ。こっちと連動させてるんだ」
「へえ」
 ヒナが素直な関心を示した。
 拍手が完全に止まないうちにドラの轟音が鳴り響く。余韻で空気が振動する。
 十分に間を持って。
 ――ゴォォォンッ!
 2発目の轟音に引き寄せられ、螺旋階段から6人の男女が登場した。
 先程より間を縮めてドラが鳴る。
 グレーのつなぎでそろえた6人が、キャンパスの前に並んだ。
 間隔を短くし、緩やかに早くドラが高鳴る。駆け出す音符、疾駆するドラの音が限界まで速く打つ――――――――音の切れた刹那。
 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!
 重低音が弾けた。
 ――ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪
 拡散するドラの音をかいくぐり、4つ打ちが地を這う。ノイズ交じりのメロディーがかぶさって、ハイハットがスピード感に拍車をかける。
 6人が、動いた。
 ポケットから手に取ったスプレーを弄び、キャンパスの表と裏、2手に分かれる。音楽に乗って、6対のスプレーが一斉に噴射した。スピーカーからの音符たちに吹き飛ばされ、噴霧音もなくキャンパスが彩られる。
 音楽で描いているような演出。
 スプレーで演奏しているような錯覚。
 6人の滑らかな動き、バラバラなようでいてバランスの取れたチームワーク――
 一澄は、ただ見とれた
 キャンパスの表と裏、2つの世界がリアルタイムで構築されていく。6人全員が異なるカラーを操り、世界に色を付ける。
 6人の創造主。
 照らすためだけの淡白なライトが、変化していくキャンパスの表情を見守る。
 距離を持って吹き付け、キャンパスにスプレーの頭を押し付け、缶を横に払って吹き付け――6人が6人、それぞれの手法のカラーが舞う。
 額に浮いた汗がきらめいた。
 張り詰めたとは違う、凛とした空気を初めて一澄は体感した。心地良い緊張感。スプレーを手にする6人だけでなく、スピーカーから流れる音楽、照明すらも一緒になってこそのArt Live。
 いくつもの世界観が線で交わってゆく実感――――思わず鳥肌が立った。
「すごい……」
 漏れた呟きは音楽に弾かれる。
 一澄たちの見ている側で、1人の男がキャンパスの裏側に回った。2ヶ所に分かれたメンバーが、1人ずつポジションを交代し始める。1人、2人、3人――ポジションの入れ替えが完成するまでに時間はかからなかった。
 突如、キャンパス上でイメージが具現化する。一澄の視界で宇宙が、そのイメージの輪郭を露わにした。
 近未来を思わせる空間。衛星ステーションが浮かび、スペースシャトルが飛び交う。太陽を冠した地球――強い光のせいで地球の頭の線が朧に溶ける。
 つんつん――腕を突付かれた一澄は振り向く間もなく腕を引っ張られた。慌ててトモの手をつかむ。ヒナを先頭にした数珠つなぎで、3人はキャンパスの裏側に移動した。
 わお。ヒナの口が丸く開く。宇宙の裏側――そこは水の世界だった。スキューバダイバーと、その倍近く大きなイルカとが戯れる。遠くに見える水面では陽光が乱反射する。
12本のスプレーでの表現力もさることながら、光の描写が実にきれいだ。2枚の世界に共通する陽光の強弱・輪郭、水中での揺らぎなんてため息が漏れる。
 目の前で展開している音と色の空間に、紛れもなく一澄は吸い込まれていた。時間は絵の完成のために流れ、キャンパスに飛ぶスプレーが秒針を刻む。キャンパスに時流が閉じ込められたような錯覚が心地良かった。
 スピーカーから流れる音楽がピークを迎えると同時に、世界構築は仕上がりに入った。スプレーの動きが細かくなり、大胆だった動きが繊細に、注意深くカラーを散りばめる。
一澄が初めて触れる、リアルタイムのためのアート。出来上がった作品を眺めるのではなく、エンターテインメントとしての創造。時間・音楽すら味方につけ、フロア全体が彼らの演出となる。
 こめかみを伝う汗が、作品に傾ける彼らの集中力と熱気を物語る。
 スピーカーから入り乱れた音符たちは狂ったようにはしゃいだ。
 鼓膜から脳へ浸透するメロディーたちが。
 腹部を震わせる低音が。
 ――一斉に、音楽が止む。
 一斉にスプレーが止まる。
 時すら止めた四分休符――

 ――つなぎの女が1人、微笑った――

 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
 ドラの砲声が曲の終わりとキャンパスの完成を高らかに掲げた。
 余韻残すまま、スピーカーから割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。
 それに負けじと拍手を送る一澄たちの中心で、6人の男女は高く手を上げ叩き合った。
 汗で黒く染まったグレーのつなぎで、心の底から笑う彼らの顔は、清々しいという言葉が陳腐になってしまうくらいに、明るかった。
 思わず、一澄の胸がつまるほどに。



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