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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第26回 TOMO / 器用、不器用と屁理屈

 ドアを開けると、ヒナが肘を上げて敬礼していた。
「いらっしゃい」
「あんま驚かないんだ?」
「秋哉から電話があったからね」
「つまんなーい」
 口を尖らせたヒナは、ドアを支える智の脇をすり抜けて靴を脱いだ。



  <Twenty-Six : TOMO / 器用、不器用と屁理屈 >



「サトは?」
「慧なら秋哉んち。プチ前夜祭やるんだって」
 後ろ手にドアを閉じる智。玄関からまっすぐ伸びる廊下から、ヒナを先頭にしてリビングに入る。
「トモは何してた?」
「それ」
 と、ヒナの後ろから窓際のパソコンテーブルを指した。デスクトップのパソコンが、放っておいたことにすねるように、ファンの音でうなっている。
「この前撮ったやつ?」
 パソコンの前に膝を折ったヒナがディスプレイを覗き込んだ。
「まだ編集途中だからシーンはバラバラだけどね」
 そのとなりに座った智の頬に、やさしく手の平が触れた。
「何?」
「また、別の場所に行っちゃうんだね」
「どっちから聞いた?」
「あたしの唇奪った方」
「奪ったのはヒナの方だろ?」
 反論するとヒナの視線が虚空に浮き、照れ笑いに変わった。
「あは。そうだった」
「一澄、何か言ってた?」
「今行くことないじゃないって。あたしのこともあるし」
 眉を怒らせたヒナに頬をつねられた。
「一澄にとってはショックなこと続きだろうからね」
 その指を引き剥がして放る。
「連れてってあげればいいのに。自分のカメラあげて、トモのいない間の街を撮れとか言われても」
 唇を突き出すヒナ。
「好き合ってるんだから、一緒にいればいいんだ」
「それだってヒナの方だろ」
「あたしは、一緒にいても秋哉のためにならないの」
「どうして」
「苦しめるだけだし」
「苦しめないようにすればいいだけじゃない?」
「それができれば苦労しない」
「思うんだけど」
 ふてくされたヒナに率直な思いを提示した。
「ヒナは自分で創り上げた偶像に縛られてるだけじゃないか? 自分とはこういうものだっていうイメージを壊すのが怖いだけ。秋哉の前だけでも、それを壊したっていいんじゃないか?」
 ヒナのまぶたが数度、短く瞬いた。
「どーゆこと?」
 彼女の瞳の奥がよく見えるように智は居住まいを正す。
「理性と本能、セックスとキスを不器用に使い分ける自分なんて、いっそ壊してしまえ」
「これまたストレートだ」
「傷付けたくない相手を傷付けてしまうなら、なおさらだよ」
 言って、智は頬を緩めた。
「俺に言われなくてもわかってるだろうけどね」
「んー」
 鼻頭を掻くヒナは眉間に縦じわを作って、
「今まで自分の中で積み続けてきたものを壊すのなんて、生半可なことじゃないんだよ」
「知ってる。よっぽど衝撃的なことがないと、すぐには変われないよ。だったら、ゆっくり時間をかければいい」
「もっと早くに動こうと思えば良かったんだけどさ、あたしにはもうそんな時間はないんだ」
 彼女の視線がディスプレイに逃げた。
「秋哉とはもう別れたし」
 投げやりな言葉の中に懸命さが覗く。
「どうして別れるかね?」
 ごろん。上体を後ろに倒して智は蛍光灯と向かい合った。凝視が耐えられる程度に眩しい光を眺める。
 静かに零れたヒナのため息は、どうやら沈黙を伴っていたらしい。室内の空気が静かになるのを感じた。
 閉じたまぶたの裏に、蛍光灯の残像が映った。
 答えはわかる。そして、そんな智をヒナはわかっているはずだ。
「不器用なヤツだよ」
 沈黙を震わせてみる。
「まるで自分は器用みたいに言うね」
「そんなつもりはないけどね。俺自身が器用だなんて思ったことないし」
「なのにあたしを不器用呼ばわりか」
「器用じゃないからって不器用がわからないわけじゃないでしょ」
「へりくつー」
 ぺしぺし。ヒナが智の膝を叩く。
 ふと、その手をつかんだ。
「正直言うと、俺自身、どうしたらいいかわからないんだ」
 我ながら唐突だと、きょとんとしたヒナを見て思う。
「秋哉も一澄も、ヒナが我楼からいなくなるのを嫌がってる。ヒナと一緒にいたいっていう想いがすごく伝わってくるんだ」
「伝わってくるね」
「ヒナには、それが邪魔なんだろ?」
 ヒナの唇がためらいがちに開く。
「……邪魔だね」
「決意したことだもんな。とやかく言われてうるさいと思うのは当然だ」
「トモは止めないの?」
「止めたいさ」
 ヒナに即答した。
「けど、もう手遅れだろ。今さらヒナにどうこう言ったって何も変えられないのは目に見えてる」
「どうしたらいいかわかんないってのは?」
「それでもやっぱり止めるべきなのかってこと」
 まだヒナの手をつかんでいたことを思い出して、どうしたものかと考えた。
「なんで握手すんの?」
「なんとなく」
 握った手をそのままに、智は話を続けた。
「ヒナを止めるとしたら、ヒナは我楼に留まってくれる?」
「トモだってこの街出てくっしょ」
「それ言われちゃ、何も反論できないからね」
「トモって身勝手になれない人だもんなー」
 つないだ手を振って、
「損しやすい人柄」
 ヒナはにやけた。
「分をわきまえてると言ってくれ」
「オブラートに包むの下手なのよ」
「知ってる」
「なら言うな」
 ヒナに放られ、行き場を失った手は智の胸元に着地した。
「さて」
 智は上体を起こして壁にかかった時計を見た。とうに2時を越えている。
「今日は泊まってくんだろ?」
 パソコンのスイッチを落とそうと、ヒナの体をどけた。
「久しぶりに一緒に寝る?」
 脇に腰をずらしたヒナの提案。
「2人で寝るには狭いよ、俺のベッド」
「身を寄り添って寝ればいいじゃん」
「寝れないこともないか」
 ディスプレイに展開されたウィンドウを閉じてプログラムを終了する。
「妹相手に変な気起こすなよー?」
「死んでも起こしません」
「一澄に悪いしね」
「あほ」
 ブンッ――
 ディスプレイが暗転した。



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