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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第25回 AKIYA /もしも世界を変えるとして

 我楼A館は静かなものだった。
 明日に控えたイベントの客たちを迎える準備がすべて整ったフロアを、秋哉はDJブースから見渡した。最小限の照明で白く淡い空気に満ちた中、タバコをくゆらせる。
 入り口のドアが開いて、紅く染まりつつある外光とサトが入ってきた。
「おかえり」
 サトは片手を上げて秋哉に応え、ドアを閉めるとステージに歩み寄った。
「お茶」
「おう、ありがと」
 サトの左手に提げられたコンビニのビニール袋からガサゴソと引っ張り出されたペットボトルを受け取ると、キャップを開けて勢いよく呷った。
 ステージの壇に背を預け腰を下ろしたサトが、買ったばかりのタバコのビニールを外しながら、淡白に切り出した。
「ヒナの話、聞いた?」
「大学に行くってやつか」
 ステージから飛び降りて、サトと肩を並べ秋哉もあぐらを掻いた。
「止めねぇの?」
「止めた。行く必要ねぇだろって。んで、言われた。『別れよう』」
「は?」
 表情の変わらないサトは、小さく口を開くだけで驚愕を表したらしかった。



  <Twenty-Five : AKIYA /もしも世界を変えるとして >



「何それ」
「実家に帰っから、今まで通りにゃ会えねぇ。そんな恋愛ならしねぇ方がいいだろってのがヒナの言い分」
「別れんの?」
「向こうが頑ななんだよ。もう別れるってこと決めてんだ。こうなったらテコでも動かせねぇだろ」
 黙ってサトがタバコをくわえるのを見て、秋哉は火を点けてやった。
「別れんのか」
 ひと口めの主流煙が物悲しげに浮く。
「我楼も抜けるっつってたしな」
「ってことは」
「もうここには来ねぇんだ」
 秋哉は不機嫌に舌打った。
「トモがおかしなことしてくんなけりゃ、こんな風にはなんなかったんだよ」
 思い出すだけで苛立ってくる。
「トモが何考えてんのか、俺にはさっぱりわかんねぇ。あいつはヒナのことをよくわかってるヤツだし、ヒナにとっても頼れるヤツなんだ。なのにどうして」
「智のせいじゃねぇ」
「はあ?」
 コーヒーのペットボトルを開けたサトに拍子抜けした。
「智のせいじゃねぇんだ」
 強調して繰り返され、秋哉は短く息を吸った。
「あいつが親父にヒナのケータイ教えたから、ヒナが大学行くとかいう話になってんだろが。それとも何か? 自分の意志を貫けねぇ、ヒナ自身のせいだとでも言うか?」
「話聞けよ、秋哉」
「あんだよ」
 なだめるサトを睨みつけ、秋哉はタバコをすり潰した。
「俺のせいなんだよ」
「どっからサトが出てくんだ」
 的外れもいいとこだ。的すら見えない発言に嘆息する。
「ヒナの親父にケータイ教えたの、俺なんだ」
 的は突然現れた。あまりに突然すぎて言葉を失う。
「……………………はぁ?」
「智のせいじゃなくて、俺のせいなんだ」
 さらに繰り返すサトの目は、無表情というには真剣すぎた。。
「サトが?」
 秋哉に頷くと、彼はゆっくり息を吸って――――吐き出した。
「ヒナが秋哉のことで悩んでることも、俺が迷惑かけてるってことも十分に知ってる。ヒナが精神的に強いわけじゃないってことすら。それでも笑い続けるヒナを見てるのがつらかったんだ。あまりにも痛々しくて。大学に行くことになれば我楼から抜け出すことになるだろうし、そうすれば少しでも楽になるんじゃねぇかって思って――――俺が教えた」
 これだけ一気にまくし立てるサトなんて、秋哉は初めて見た。紅潮したサトの顔をまじまじと見つめ、
「おまえ、まだヒナのことを?」
「あいつには幸せでいてほしいんだ」
「そっか」
 秋哉は新しいタバコに火を点けると、届くわけのない天井に向けて心の底からため息を吐いた。
「トモのこと、殴っちまったよ」
 後悔がどっと押し寄せる。ずきっと右手が痛んだ。
「俺が殴られるべきだ」
「やめろよ、今さら」
 殴る気力なんてなく、その頭を鷲づかみするに止まった。
「おまえまで殴ったら、明日のプレイに響くだろ。ディスク回せなくなったらどうすんだ?」
 秋哉は右手を開いて顔の前に持ち上げる。
「トモを殴っただけで、こんなにも痛ぇんだから」
「……わりぃ」
「謝ったって事態は変わんねぇだろ」
 ひたすら昇り続ける紫煙を見上げる。
「智には怒られた」
「あいつが?」
 驚いてはみたが、ヒナのことだと考えてみれば納得できた。
「普段が穏やかなヤツだからな、怒らせっと怖ぇだろ」
「前は穏やかってほどじゃなかった」
「気に入らなかったら、とりあえず殴るようなヤツだったからな」
 思い出し笑いで緩んだ自分の頬を秋哉は撫でた。
「何度トモに殴られたことか」
「穏やかになったもんだ」
「あいつと出会ってから。あーっと……」
「東季」
「そう、そいつ」
 大して親しくもなかった。高校が別だったというのが原因で、トモの話の中でしか東季という人間を知らない。
 最後にトモの口から東季の名が出たのは、訃報だったように思う。
「人って変わるもんだよな」
 顔も知らない人間を境にした、その前後のトモ。
「そんなに変われるもん?」
 抑揚の少ないサトの問いに秋哉は煙を吐いた。
「いきなし変わるもんではねぇけどな。何かきっかけがあれば徐々に変われるもんだろ。トモがいい例だ」
「ヒナも?」
「おまえもだよ。それが成長ってもんなんじゃね?」
 遠くを見つめるサトの横顔からは、やはりその思考は汲み取れない。
 秋哉が意味もなくペットボトルのラベルを眺めていると、サトがぽつりと呟いた。
「俺も、変われっかな」
「いくらでも変われる」
 未知の成分表をあきらめて、秋哉は宙を見上げた。
「世界を変えることに比べりゃ、自分を変えることなんざ簡単だろ。自分から変えりゃいいんだし。世界よりもよっぽど身近だし」
「世界を変えようなんて」
「例えだよ、例え。そんだけ簡単だってことだ」
「……何からすればいい?」
「そんぐらいてめぇで考えろ。とりあえず俺は」
 秋哉はサトの肩を小突いた右手を開いて、
「トモに謝ることからだ」



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