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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第23回 IZUMI / ニセモノスマイル

 バイトを終えた帰り道で、一澄のケータイにヒナから着信があった。
『おつかれー!』
 いつも通りなヒナの声を安堵交じりに受け取る。トモとの話で、やはりどこか不安を覚えていたようだ。
「おつかれ〜。電話つながらないって、トモが心配してたよ」
『あー。トモは心配性だからねー』
 あはー。頭に浮かんだヒナの笑顔に、どこか不自然さを感じた。
「……何か、あった?」
『これから一澄んちに行っていい?』
 尋ねた言葉はあっけなくかわされた。
「唐突だねぇ」
『あ、トモがいる?』
「いや、いないよ。今どこ?」
『コンビニ』
 ヒナの言った店名は一澄のマンションのすぐ近くだった。



  <Twenty-Three : IZUMI / ニセモノスマイル >



「――おぉ、きれいだ」
 部屋の明かりを点けてやると、ヒナが感嘆した。
「トモがこの部屋で撮影したいって言ったから、慌しく整理した後だもの」
 肩から提げていたショルダーバッグを床に放って、一澄は玄関脇のキッチンで換気扇をまわし、やかんを火にかけた。
「扇風機〜」
 ソファベッドに飛び込んだヒナが早速スイッチを入れる。回転し始めたプロペラを眺めながら、興奮気味に言う。
「いいよね、扇風機。あたしってクーラーしか知らないから新鮮だよ」
「クーラーのひんやり感ってヤなんだ。あれってあからさまに人工的な空気でしょ。その点、扇風機とうちわって私の性に合うんだよね。やっぱり一番好きなのは自然の風だけど」
「気持ちい〜」
 振り返るとヒナが扇風機に鼻を近付けていた。
「あ〜〜〜〜」
 声音を震わせる彼女を見て吹き出す。
「やると思った」
「これが醍醐味でしょ」
 仰向けに転がったヒナは上体を起こして聞いてきた。
「ミナの演技、どうだった? 撮影、終わったんでしょ?」
「知ってるんだ?」
「トモから聞いたのー」
「ミナさんって演技派だよね。見てて感心しちゃった」
「でしょ〜?」
「演劇やってる人だっけ?」
「うんにゃ。ガラス細工とバーテンダー」
「あの演技は?」
「あれはもう、生まれ付きのもんだよ。才能だと思うんだけどミナはそう思ってないみたい。だから『演技』っていうもんはめったにしないんだ」
「じゃ、どうして撮影に参加してくれたんだろ?」
 正直な疑問。
 やかんの口から湯気が控えめに昇り始めた。
「トモの時は特別」
「特別?」
「トモの作品には響くものがあるんだってさ。演技したくなるらしいよ」
「響くもの、かぁ」
 そんな感触、今だかつて味わったことがない。
「ミナに言わせてみれば、トモの映像作品は『見たい』映像じゃなくて、『演じたい』映像なんだって。トモの作品は見たことある?」
「1本だけ」
 湯が沸いた。グラス2つとコーヒー豆、氷を取り出してアイスコーヒーを淹れる。
「引きこもりの社会を描いたのを見せてもらったよ。やっぱりミナさん出てた」
 ガムシロップとクリームと一緒に、グラスをテーブルに持っていった一澄は床に腰を下ろした。
「いっこ前のだね。コンクールで佳作取ったやつ」
 いただきまーす――ガムシロップだけ入れて、ヒナがコーヒーに口を付ける。
「常連なんだってね」
「あ、コンクールの? 作品創れば必ず入賞してたんだよ」
「いいセンスしてるって、ミナさんが誉めちぎってたよ」
「あはっ。ミナはトモが好きだからねー」
「そうなの?」
 思わぬ言葉に、一澄は目を丸くした。
「トモの作品が、ってこと」
 ヒナの唇がにんまりと伸びる。
「慌てた? 慌てた?」
「ちびっと」
「ほんとに〜?」
 顔を近付けてきたヒナの額を、一澄ははたいた。ぺちっ、と小気味のいい音がした。
「誤解するようなこと言うな」
「なは。少しはそういう刺激があってもいいでしょ?」
「だからって火のないところに煙を立てようとするな」
「だって、幸せそうな顔してるからさ〜。ちょっといじりたくなったのよ」
 一澄の頬を突付きながら言ったヒナが、おもむろに手を叩く。
「そうそう。前に一澄から聞いた『HECTION!』、レコードで音源出してたんだねー。ネット上でしか音源配信してないって言ってたでしょ? だからびっくりしたよ」
「あ、1枚だけ、初回限定生産で出してるって聞いたことある」
「CDでなく、何故レコード」
「どういうパイプでか知らないけど、実験的に作ったとか、なんとなく作ったとか」
「何それ」
「私に聞かないでよ。私が作ったわけじゃないんだから」
「だって気になるじゃ〜ん。どうしてCDじゃないの〜?」
「本人たちに聞いてよ」
 しつこいヒナの質問を、コーヒーを飲んで流した。
 一緒に流した視線が気ままにカレンダーで引っかかった。
「イベント、明後日だね」
「ねー。楽しみだよ」
 あっさりとヒナは話題転換に付いてくる。CDとかレコードとかうるさかったのにすぐこれだ――しかし、その声色からはわずかな寂しさのようなものが伝わってきて、はっとした。
「なんか、うきうき120%じゃないみたいだね」
「ん、そうかな?」
 ヒナの曖昧な言葉と笑みなんて、今まで知らなかった。
「あたしさ、イベント終わったら大学行こうかなって」
 あまりにもさらりと言うものだから、危うく語意を拾い損ねるところだった。トモとの会話とヒナの言葉がリンクする。
「もっと絵を勉強するの?」
 投げかけた言葉たちが茶を濁すこともできないことくらい、一澄自身よくわかっている。
「ううん。普通の4年制の大学」
「普通のって……」
「夏から思いっきり勉強して、花の女子大生を目指すのだ」
 顎を上げ胸を反らすヒナへ、おずおず質問。
「絵は?」
「絵はもう終わり」
「どうして?」
「今日、父親と会ったの。でね、しっかり大学出て社会に行くっていう生き方もいいかなって」
「我楼はどうするの?」
 答えは見えた。
「やめるよ。実家に引っ越すことにしたし、絵をやめるんだから我楼に寄る意味もないし」
「秋哉さんは賛成してくれたの?」
「明日言うつもり。きっと反対するんじゃないかな。けど、もう決めちゃったことだしねー」
「好きだったんじゃないの?」
「好きだよ。絵も。秋哉も」
「だったらやめることも、離れることもないじゃない」
「今から勉強するんだもん、絵なんてやる暇ないよ。秋哉の方だって」
 ヒナはコーヒーを飲むために、いったん言葉を切った。カラン――氷がグラスを叩いた。一澄は言葉の続きを待った。
「秋哉の方だって、あたしと別れた方が秋哉のためだと思うのさ」
 初めて見るヒナの微笑はわざとらしい、作り物(レプリカ)に見えた。
「そんなの……」
「一澄」
 口調はやわらかいが、一澄を見据えるその瞳には力があった。
「お願いだから、受け入れてよ」
「あんなに絵が大好きだったじゃない」
 負けたくない。気圧されるわけにはいかない。
「あたし、自分の可能性を試してるんだって言ったよね? 1年後には他のことをやってるかもしれないって」
「だからって、あまりにも急すぎるよ」
「人生って何が起こるかわからないもんだよ。勘当した父親が急に連絡してきたり」
「絵までやめることなんてない。続けてみようよ」
 一澄の説得は失笑で吹き飛んだ。
「あたしの父親は芸術が嫌いなんだ。実家に帰ったら、絵なんて描けたもんじゃないんだ」
「じゃ、帰るのやめようよ」
「もう決めたの!」
 ヒナの怒鳴り声で一澄の肩が震える。
 ため息をついて、ヒナは両手で顔を覆った。
「ごめん。一澄には怒鳴りたくなんてなかったのに」
「私は」
 しゅんとしながらも、一澄は言葉を探した。つかんだ言葉は端的なものだった。
「ヒナと一緒にいたいよ」
 冷蔵庫のモーター音がやけに響く。
「私が頼んでも、だめ?」
 何も言わずに、ヒナは小さく頷いた。
 扇風機の風が冷たい。
 換気扇を消し忘れていたことを思い出して、一澄はキッチンに立った。スイッチを切って、原動力を失った換気扇が緩やかに止まるのを見届けてヒナを振り返ると、彼女は丸く横になっていた。
 収納棚からタオルケットを取り出してかけてあげる。静かに寝息を立てるあどけない寝顔を、手の甲で撫でた。
「おやすみ」



 翌朝。一澄が目を覚ますとヒナはいなかった。
「おはようぐらい、言わせてよ」
 ソファベッドに転がったが、ヒナの感触はもうなかった――――――――



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