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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第22回 IZUMI / 信じてる

「……ほんとだ」
 ハニームーンのスタッフルームで、一澄はつながらない電話を切った。
「けど、どうして?」
 向かい合って座るトモに顔を上げた。本来なら店員以外入ることのできないスタッフルームに店長の好意ですっかり馴染んでいる彼だが、表情からにじむ緊張感が場違いだ。
 左頬が、少し腫れているような気がする。
「まさかとは思うけど……ヒナは戻ってこないかも」



  <Twenty-Two : IZUMI / 信じてる >



「我楼に? まさか」
 トモの表情がジョークとは思えなかったが、その発言は飛躍しすぎていて、ジョークにすらなっていない。
「電話が通じないだけだよ。電波が届いてないか、電池切れなだけだってば」
「……ん」
 トモのため息は重い。
 初めて一澄が我楼に来た時といい、どうしてこんなにもヒナに対して過敏なのだろう?
「だってヒナだよ? なんでもない顔で戻ってくるって」
「……ん」
 聞こえているのか聞こえていないのかわからない。手を伸ばして、心ここにあらずといった彼の鼻をつまんでやった。
「あにするですか」
 されるがままに鼻声。
「私の声、届いてないかと思って」
「聞こえてるよ」
 トモは一澄の指を引き剥がした。
「聞こえてる」
「ヒナはしっかり者だから、お父さんと会ったとしてもちゃんと話し合えるよ」
「話し合える相手ならね」
「違うの?」
「ヒナの父親が芸術に対しての理解が皆無だっていうのは言ったよね」」
「ついさっき」
 それが原因でヒナが刺傷事件を起こし、勘当されたことも。
「頭から芸術を否定してる人に、芸術を理解させるのは難しいよ」
 トモの唇から、またため息が重く零れた。
「ヒナにそこまでの力があるとは思えない」
「信じてないの?」
「ヒナの父親を、ね」
「父親が嫌い?」
「理解しようとしない人が嫌いなんだ。自分の世界にないものを見ようともしない。誰にだって未知の世界はあるのに、片っ端から否定するなんて」
「トモにとっての写真みたいにね」
 一澄が言うとトモは声を上げて笑った。
「そう。実際に触れてみないとわからないものが多いんだよ」
「じゃあ、お父さんにも触れてみてもらったらいいんじゃない?」
「え?」
 連鎖で出した言葉にトモは目を丸くした。
「せっかくイベントやるんだし、そこに呼んだら? 我楼は芸術がいっぱい詰まってる場所だし、来る人は理解ある人たちでしょ。触れてもらう絶好の機会だと思ったんだけど」
「……そっか」
「もしかしたら、理解示してくれるかもね」
「ははっ」
 ぱんっ。吹き出したトモが手を叩いた。
「そうだ。触れてもらえばいいんだ」
「でしょ?」
「理解してくれない人を遠ざけてた。どうせ理解してくれないって、あきらめてたよ。そっか、俺が向こうに近付けばいいんだ」
 何やら独りで頷いて、かと思いきや頭を撫でられた。
「ありがとう、気付かせてくれて」
「よくわかんないけど、どういたしまして」
 とりあえず頭を下げておく。
「あとはヒナだね」
 トモが呟いた。一澄の唇から言葉が突き出た。
「ヒナに対してすごく心配性だよね」
「あいつは繊細だから」
 まるで用意していたかのように、返答は早かった。
「生粋の芸術家というか、外からの刺激に敏感なんだよ。だから楽しい時は本当に楽しいし、落ち込む時はとことん落ち込む」
 落ち込む時――考えてみて、我楼に初めて来た時を思い出した。
 あんな弱々しいヒナを見たのは、その1度だけ。
「あんなに無邪気なのに」
「純粋なんだ」
 一澄からつなげたトモが、『お兄ちゃん』な顔に見えた。
「秋哉さんは?」
 ふと思いつく。
「秋哉さんなら、ヒナの居場所わかるんじゃない?」
「わかったとしても、俺には教えてくれないよ」
 眉根の下がったトモの笑顔なんて、初めて見た。
「どうして? 教えてくれるでしょ」
「どうやら本気で怒らせちゃったらしくてね。今、ケンカ中なんだ」
「大丈夫だよ。8年間の付き合いなんだし、すぐ仲直りするってば」
「だといいんだけどねぇ」
 下がった眉の上、額を掻くトモ。
「殴られるほど怒らせたことなんてないんだよ」
「殴っ…!?」
 さらりと差し出されたセリフに一澄の声が上ずった。
 トモは左頬をさすって、
「あんなにまで怒りを向けられたことなんて、8年間で初めてだ」
「何したの?」
「弁明しなかった俺も悪いんだけど」
 ――買い換えたヒナの電話番号を、父親が知らないはずのこと。
 ――その父親からヒナが電話を受けたこと。
 ――それが慧によるものだったこと。
 ――それを秋哉に言わなかったこと。
 トモの話を聞いて、一澄は率直な意見を述べた。
「誤解じゃない」
「そうなんだよ」
 これまたさらりと認められ、彼女は脱力した。
「殴られる理由なんてトモにないのに。どうして弁明しないかな」
「慧がやったことじゃないかもしれなかったし」
「けどトモじゃないことははっきりしてたんだから、そこはちゃんと言うべきだったよー」
 握り拳を作ってテーブルを叩きながら責めると、
「弁明しなかった俺も悪いって、最初に言ったでしょ」
「だからって〜〜〜〜〜〜」
 さらに叩く。
「ちゃんと話すつもりだよ。たぶん、当分口を利いてくれないだろうけど」
「秋哉さんって、怒らせるとどうなるの?」
「相手の話なんてまったく聞いてくれなくなる。説得するのがまたひと苦労なんだ」
 トモは困った笑顔を浮かべた。
「変に主張の強い性格だからね」
「そんなイメージないけどなぁ」
「ずいぶん大人しくなったんだよ。気に入らないことがあったら、とにかくふてくされるヤツだったんだから」
「そんなにへそ曲がりだったの?」
 一澄の中にいる秋哉像からは程遠い。
「高校の学園祭だって、何度イベントをドタキャンしそうになったことか」
「イベントをドタキャン!?」
「その時に比べたら、断然良くなったよ」
 ふと心配が胸をよぎる。恐る恐る、聞いてみる。
「……今回のイベントがドタキャンなんてことは?」
「ないない」
 一笑に付された。
 その笑顔からトモの秋哉に対する信頼が感じられて、不思議と安心できた。
「秋哉が気に食わないのは俺であって、イベントには何の理由もないんだから。それに、イベントでどれだけの人数が汗かいて動いてるか知ってるはずだから、さすがにそんなことはしないよ」
「信じてるんだね」
「俺への信頼は大暴落だろうけどね」
「平気だよ」
 一澄自身、何が根拠なのかさっぱりわからなかったが、確信はあった。
「トモが信じてるんだったら、秋哉さんも信じてるよ、きっと」
 ちょうど、休憩時間が終わった。



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