小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第21回 TOMO / 屋上本音トーク

 雨が降りそうな空だ。空と大地の間を雲が厚く遮っている。おまけに、鼻から吸い込んだ空気は湿気が高く、じっとりしている。
「こりゃ、ひとっ降り来そうだな」
 午後4時だというのに暗い空を見上げ、秋哉は呟いた。
「かもね。早めに話を終わらせた方が良さそうだ」
 視界に収めるには広すぎる空を、智は見回した。
「秋哉が屋上に呼ぶなんてこと、今までにあったっけ?」
 横目で秋哉の様子を窺う。彼はフェンスに背を寄せて、タバコに火を点けた。
「いや、初めてだな。大体、屋上自体にめったに来ない」
 目を細めてどこか遠くを見るような視線を投げられ、智は後ろを振り返ったが、そこには塔屋がいつも通り構えているだけ。ドアが開きそうな気配すら感じられない。
「で、話っていうのは?」



  <Twenty-One : TOMO / 屋上本音トーク >



「まどろっこしい話なんざ嫌ぇだから、全部すっ飛ばすつもりだ」
「知ってる」
「単刀直入に言う」
「どうぞ」
「俺は信じたくねぇんだけどよ」
「まどろっこしい話、嫌いなんだろ?」
 即座に言うと、秋哉は失笑した。
「話の腰をいちいち折るヤツもな」
 言い返されて肩をすくめる。
「――ヒナの親父にヒナの番号教えたの、トモか?」
「……なんで?」
 間を置いてしまったのが失敗だった。目に見えて、秋哉の目が剣呑な色を帯びる。
「ヒナに親父さんから電話が来たんだとよ。あの野郎と連絡取ってんのは、トモ、お前だけだ」
 顔が強張るのを智は自覚した。
「どういうつもりだ? どうして教えた?」
 質問というには刺々しすぎる語調。
 ぽつっ。智の左肩に雨雫が落ちた。
「納得いかねぇんだよ。俺以上にヒナのこと考えてるお前がそんな真似するなんてよ」
 真っ向から見据える秋哉から明らかな敵意を感じた。
「答えろよ」
 足下に落としたタバコを秋哉の足が踏み消す。
 ぽつっ、ぽつっ。アスファルトに黒い染みができた。
「黙ってたってわかんねぇだろが!」
 がしゃんっ。秋哉の拳がフェンスを震わせる。
「いつものお前だったら言い返すだろ! それが正論だろが皮肉だろが、何かしら言い返せよ! てめぇに話してんだ! トモ!」
 声を荒げる秋哉の気なんて知ったこっちゃない――小雨が足場を濡らし始めた。
 今さら雨に気付いたのか、口を開かない智に愛想が尽きたのか、秋哉が空を見上げた。
 髪が湿ってくる感触を感じながら、ゆっくり瞬きする。
「……バカらしい」
 後者だったらしい。
「返事もろくにできねぇヤツと話しても疲れるだけだ」
 緩慢な歩調で秋哉は智に歩み寄った。肩と肩がすれ違いざま、
「殴らせろ」
 言うが早いか秋哉の拳が左頬を捉えた。視界がブレて脳が揺れる。重心を支えるだけで精いっぱいだった。
「風邪ひかねぇように気ぃつけろ」
 智を見下すように見下ろして、そう言い残した秋哉は塔屋のドアに消えた。
 彼の後ろ姿を目で追っていた智は、ネジが切れたように、地べたに仰向けに転がった。口の中が鉄臭い。
「…手加減してくれたっていいのになぁ」
 全身を余すところなく小雨に打たれながら、独りごちる。
「そう思わない、慧?」
 塔屋の上に声をかけると、ビニール傘が1本開いた。
「いつから気付いてた?」
「ここに来て、そこを振り返った時。何か影が見えた気がしたんだ」
 傘の主は塔屋から降りると、智の頭の上にしゃがみ込んだ。慧のポーカーフェイスが今にも泣きそうに見えるのは、きっと智だけだろう。
「いつまで寝てるんだ。ほんとに風邪ひくぞ」
「親父に電話したの、慧なんだろ?」
 彼の忠告を無視して問うた。
「智って、いつも突然だ」
「傘のおかげで顔だけ濡れずに済んでることを先にお礼するべき?」
「そんなこと、考えちゃいないだろ」
「他のところは雨に晒されっ放しだからね」
 微笑する余裕は、まだ智に残っているようだ。
「ヒナの親父と連絡取ってるのは俺だけ――秋哉は言ってたけど、慧も取ってたりするんだよなぁ」
「どうしてそのこと言わなかった? 黙ったままだなんてよ」
「考えたんだよ。どうしてそんなことしたのかって」
「俺を殴る?」
「まさか。俺は秋哉ほど暴力的じゃない」
 その代わり、と目で言う。
「どうしてヒナのケータイを教えたんだ?」
 努めてやわらかく慧の瞳を見上げた。
「怒ってるみたいだ」
「ヒナの羽をもごうとしてるようにしか思えないんだよ。やりたいことがあるってヤツを、どうして見守ってやれない?」
「我楼にいても苦しむだけだ」
「本当に苦しむだけか?」
「環境が変われば、苦しんでるヒナを見なくて済む」
「環境の問題なのか?」
「我楼そのものがヒナを苦しめてるから」
「お前が決めることじゃない」
 押さえ込んでいたものが顔を出した。
 強い語気に制され、慧は口をつぐんだ。
「我楼がヒナを苦しめてるかどうかなんて、ヒナが決めることだ」
「……攻撃的だな」
 慧が絞り出した声を聞かなかったことにする。
「お前は今のヒナに満足してないだけだ。お前を振ったヒナと秋哉の仲が微妙なのが、そんなに気に食わないか?」
「俺は……」
「何?」
「……秋哉に嫉妬はしても、ヒナとの仲が壊れろなんて思ってない」
「嫉妬なんてしてたんだ?」
 小さく、慧は頷いた。
 意外な本音を聞いた。
「けど、今のヒナに満足してないってのはたしかだ。奔放なあいつが恋愛に悩むなんて」
「恋愛なんて、いつだってそうだろ? ヒナも例外じゃない、それだけだよ」
「大学に行けば」
「ヒナは絵を描きたいんだ。どうしてわかってやれない?」
 問いかけた先で慧は黙ったまま。
 きっと衝動で出た行動だったのだろう。自分では何もしてやれないから。ヒナを助けてやりたいのに何もできないから。
 ヒナがケータイを壊した時を思い出した。
「ヒナは変わろうとしてるんだよ」
 いつのまにか、水分を吸った服はずいぶんと重くなっていた。立ち上がる智の肌にまとわりついて動きづらい。
「わがままを突き通す前に、まず相手を理解する努力ぐらい、したらどうだ?」
 殴る代わりに、慧の頬をつねってやった。
「じゃなきゃ、新しい番号を教えてくれたヒナを裏切るだけだ」
 立ち尽くす彼を残して、智はドアをくぐった。
 慧は智にさえ、泣き顔を見られるのが嫌いだから。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 10498