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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第2回 TOMO / 見ているだけの空

 自分が空を見ているのか、空が自分を見ているのか。広大な空は自分から見ればすぐに見つかるもの。ちびっこい自分は、はたして空からは見つけられるものなのか。
雲がひとつも見当たらない空を見上げていると、頭の中が空っぽになる。古ぼけた記憶、大切な記憶、すり減った記憶。それらが再構築され、脳内で整理される。
 彼にとって、これは一種の儀式だった。



  <Two : TOMO / 見ているだけの空>



「――よっと」
 仰向けに転がる彼の足元で、耳に馴染んだ声がする。
「やっぱここか。トモ、ほんとここ好きな?」
 名を呼ばれ彼は少しだけ頭を持ち上げると、下からよじ登ってきた友人を迎えた。
「おはよ」
 トモ――高野智(たかの とも)は、塔屋の上が大好きだ。自身が借りている部屋のある、鉄筋コンクリート十二階建てマンションの屋上よりも、少しだけ背伸びした高さからは街並みが一望できる。
 ビルの脇を通る高速道路。街を縫う電線。住宅街の屋根のタイル。その向こうに横たわる海。空に浮いているような錯覚。
「秋哉(あきや)にしては早起きだね。まだ朝の10時だよ」
 頭のそばに転がったケータイのクイックディスプレイを覗いて、智は珍しさに驚いた。
「たまには早起きしたっていいだろ?」
 言って、秋哉は智のとなりに寝転んだ。とびっきりのあくびに口を開く。
「こんないい天気だと、眠くなんねぇの?」
「なんねぇの」
 智は答えた。
「逆にいろいろ考える。空が広ければ広いほど、比例して考えることも広くなる。空と背中のコンクリート、どっちが上なのかわからなくなったり、こうして寝転がってる自分が本当に寝転がってるのかとか、自分の記憶のどこからどこまでがリアルなのかとか」
「疑問ばかりだな」
「そう、疑問ばかり。答えなんて初めからないのかもしれない。あるのは、その時その時のリアル感。結局、脳は完全に頭に守られてるから、脳そのものが直接事象に触れることなんてない。リアルっていうのは、すべて感覚でできてるんだよ」
「……わり。わかんね――――っ」
 わりとすぐに、秋哉は考えることを笑い飛ばした。
「俺にとっちゃリアル感は紛れもないリアルだし、脳以外でリアルを感じ取れるとこもないし。妄想も夢も幻想も現実。そいつらを取捨選択して今の俺を形成してきてる――以上っ」
 ぱんっ。秋哉は手を叩いて、気持ち良さそうに背伸びした。
 ゴーイングマイウェイな性格。回り道が嫌いで、納得いくまで猪突猛進。そんな秋哉が、智はうらやましい。こんな中学生時代のクラスメイトに今まで飽きを感じずに来られたのも、そんな彼の性格に興味を覚えたから。
「楽しいよ」
「あい?」
「秋哉といると楽しい。知り合えてよかったと思える」
 胸中から零れた想いをそのまま言葉に乗せると、目に見えて秋哉は戸惑った。
「いや、なんつーか……」
 はにかんで笑う。
「……改めて言われっと照れるって」
 赤面までした秋哉がおかしくてたまらなかった。
「秋哉」
「次はなんだ?」
 身構える彼をもっとからかってもみたかったが、ふと浮かんだ疑問の方が気になった。
「早起きも珍しいけど、ここに来ることも珍しくないか?」
「そうだなぁ、久しぶりだ」
 ふいに、秋哉の目が遠くなる。
「大体想像つくけどね。秋哉がここに来るのは考え事をする時。しかも、内面的な問題を抱えてる時だ」
「よくわかるな」
「何年間一緒にいるんだよ? わかるって」
 素直に感心する秋哉を一笑に付す。はは――応える彼の笑顔には、どこか力が入っていなかった。
「ヒナのことでさ」
秋哉は呟いた。
「なんで? うまく言ってるように思えるけど」
「あいつって、心と体が別々なんだよ」
「? つまり?」
「キスしてくんねぇんだ」
 は?――秋哉の言葉は智の中でてんで意味を成さなかった。
「秋哉のこと好きなのに?」
「逆」
「…………」
 智は考えた。
 ヒナは、心と体が別々。
 キスをしてくれない。
 秋哉のことが好きじゃない。
「……どことどこが別々だって?」
「心と体」
「キスしないのは秋哉のことが好きじゃないからだろ?」
「あー」
 眉をひそめて尋ねると、秋哉の眉間にしわが寄った。
「ヤらしてはくれるんだ。けど、キスはしてくんない」
「なんだそりゃ?」
「ヒナが言うには、セックスは有意識、キスは無意識なんだと」
「どっかで聞いた言葉だな」
 声に出してみて、智はすぐに思い出した。
「せのえだ」
 せのえ――『我楼』の創始者であり、自身もストリートアーティストである人物。何故そういう呼び名なのかは知らない。知ったところで何かが変わるわけでもないから、特に興味もないが。
「ああ、あの頭おかしいヤツか」
 実もふたもない秋哉の一言に思わず智は吹き出した。
「我楼にいるヤツらは、全員頭おかしいよ」
「言い得てる」
 秋哉は妙にしたり顔で頷いてから、
「それはそれとして」
 コットンパンツのポケットからタバコを取り出しながら話を戻した。
「セックスは理性。キスは本能。ヒナの中で、そういう枠付けがあるらしいんだ。俺と付き合ってるのは理性で恋をしてるからで、本能的な恋はしてないからキスもしない」
「理性の恋か。わかるようでわからない単語だ」
「トモはそういうのわかるか?」
 秋哉はタバコを指先でもてあそびながら、視線を智に向けた。
「俺はヒナじゃないから完全にはわからない。そもそも、恋と理性をくっつけて考えたこともないし」
「だよなー?」
 火をつけたタバコをくわえ、『理解できない』を共有できた安堵か、意見を入手できなかったため息か、秋哉の煙は長く吐かれた。
「秋哉は? 理性と本能、どっちで恋してる?」
「知るかよ」
 あくび交じりに吐き捨てる。
「恋愛はあくまで恋愛なんだ。理性でも本能でもない」
 少し強い風が吹いて、智の前で秋哉の煙が散った。












 ここにこんな2人がいることを、空は知っているだろうか?















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