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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第18回 AKIYA / ケータイのこちら

 店内をぐるりと囲む棚と、中心に据え付けられた棚。
 秋哉行きつけのレコード店は、客が5人も入れば身動きがつらくなるであろうほどの、狭苦しいスペースしかない。その分レコードの品揃えは実に豊富で、それがなければこんな所に来るはずもない。
 まして、ヒナと2人でなんて。



  <Eighteen : AKIYA / ケータイのこちら >



「なんか、やたらとごちゃごちゃしてるんだねぇ」
 壁際の棚に詰まったジャケットケースを珍しそうに、抜いては挿し、抜いては挿ししながらヒナがぼやいた。
「どこもこんな感じ?」
「すっきりしてるとこはすっきりしてっけど、俺はこっちの方が落ち着くんよ」
 選んだレコード2枚を片手に、彼女のとなりに試聴機として設置されたレコードプレイヤーと向かい合う。
「へぇ」
 視界の隅でヒナが頷いた。退屈そうに店内を見回す彼女を横目にレコードをプレイヤーにセットした秋哉は、ヘッドホンを耳にはめた。卓上で回るレコードの上に針を刺す。
「ここに連れてくんの、初めてだったよな?」
 ボリュームを小さめに調節しながら顔を向けた。
「ん、初めて」
 ジャケットケースの列をなぞっていたヒナの指が秋哉の脇を突付いた。
「やめろよ」
 身をよじると、ヒナは口元で笑み、
「秋哉の行きつけの店って自体、初めて来るよ。なんだか新鮮」
 と、また店内を見回した。
「退屈そうに見えっけどな」
「初めてだから戸惑ってるだけ」
 ヒナは身を翻して、秋哉と背中合わせに位置する棚に移った。
 淡白なやり取り。
 振り返ると、秋哉とヒナの間を窮屈そうに男が通った。
「出るぞ」
 声をかけると、飽きもせずにジャケットケースを1枚ずつ抜き差ししていたヒナの手が、ある1枚で止まった。
 試聴プレイヤーから外したレコードをジャケットに戻し、ヘッドホンをプレイヤーに戻す。2枚のジャケットを手に、秋哉は入り口脇の会計カウンターに歩を向けた。
「まいど〜」
 気だるそうな若い店員の前にジャケットを置く。
「3枚、お買い上げね」
「は?」
 店員の言った枚数に顔を上げる。
「お願いしまーす」
 脇でヒナが言った。カウンターには、ちゃっかりレコードがもう1枚重なっている。
 面倒くさいから、秋哉は何も言わなかった。
「――何、これ?」
 レコードショップの向かいにある喫茶店で、秋哉は袋を開けた。
「一澄が前に言ってたバンド。まさかレコード出してるなんて思わなかったけど」
 テーブルを挟んで座るヒナがオレンジジュースのストローに口を付ける。
 秋哉の手にあるそのジャケットには、海に浮かぶ便器(和式)が遠くに映っていた。空は蒼く、初夏の空気が窺える。
 便器の意味がわからない。
「……何、これ」
「だから」
「『HECTION!』?」
 ヒナを遮って、ジャケットに掲げられた文字を読み上げる。一緒に並ぶタイトルは『ときどき俺、リアル』。
「変なタイトルだな」
「ね」
 手を差し出してきたヒナにジャケットを渡して、秋哉はブレンドコーヒーをブラックのまま口に含んだ。
「お。イベントのフライヤー?」
 ジャケットを眺めるヒナの手元に1枚の紙切れを見つけた。A7サイズのそれを指先に引っ掛けて手前に寄せる。ビニール加工を施された紙面に文字が躍っていた。

Ga-Row
~the place they called "Street Artists" are~

「サブタイトルの意味、何?」
 秋哉は英語が不得意。
「ストリートアーティストが集う場所――意訳だけど、そんなとこ」
「なるほどなぁ」
 ふぅん、と鼻を鳴らして紙を裏返す。マップと簡単な解説が記載されていた。
「今月のイベント、20人も参加してんだ?」
「知らなかった?」
 解説から顔を上げると、ヒナと目が合った。
「知らねぇよ。20人のイベントなんて大掛かりな」
「一大イベントって銘打ってるからね。今までのイベントは分館それぞれでやってたけど、今回は我楼全体でやるんだから、やっぱそんくらいの人数になるんじゃない?」
「ほ〜ぉう」
 感嘆した秋哉は足を組んで背もたれに寄りかかった。わずかにイスが軋む。
「ねぇ、秋哉。ひとつ、質問していい?」
 ジャケットで顔を煽ぎながら、ヒナが目を泳がせた。タバコを取り出して火を点けて、煙を吸って言葉を待つ。ヒナの目が秋哉の目に止まった。
「質問していい?」
「いいから早く言えって」
「あたしがやってることって意味のないことかな?」
「壁画のこと?」
「そう」
「ヒナがそんなこと言うなんてな」
「あたしらしくない?」
「やってる最中に意味なんて考えない、何もできなくなってから考える――そう言ったの誰だっけか」
「あたしです」
「何もできなくなった?」
「そーゆわけじゃないんだよねぇ」
 ストローを回すヒナから、何かを切り出そうとしている気配を察した。それが迷いなのか逡巡なのかまでは、秋哉には判別しがたい。
 カラカラ。
 涼やかな氷の音をヒナの言葉が押しのけた。
「父親から電話があったんだ、昨日。向こうから縁切っといて今さら連絡してきて『大学に入れ』。ストリートアーティストやってること知ったら知ったで『芸術なんて非生産的だ』。思い切りけなされちゃったよ」
 彼女のため息は重かった。
「あたしはただ楽しく絵を描ければ、それだけで十分なのに」
「なあ」
 伏し目がちに零したヒナの言葉が妙に引っかかった。
「うん?」
「お前、親父にケータイ番号教えたのか?」
 灰皿にタバコを置いて秋哉は尋ねる。弱々しくもストローを回していたヒナの手が止まった。
「……え」
「ケータイ、壊したよな? だから新規でケータイ買い換えたよな?」
「うん……」
 ヒナのまぶたがせわしくなく瞬く。
「番号、変わったよな?」
「…………」
 まぶたが止まって、その唇が呆然と動いた。
「……あたし、教えてない」
「じゃあ、なんで親父は知ってんだ?」
 秋哉の胸がざわつく。
 まさか……
 ――いや、ありえねぇ。
 不安と疑心はブレンドを一気に飲み干してもしつこく喉元に残る。
 気分が悪い。
「…なんで知ってるんだろ?」
 ヒナに答えず灰皿に落ちた秋哉の視線。
 タバコが根元まで灰になっていた。



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