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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第17回 IZUMI / 続・KISS

「はい、260円のおつり」
 のどかな昼下がりの空気と同調する、穏やかなおばちゃんの声とおつりと缶ジュースを2つ、一澄は受け取った。
 出店のような、木造小屋の駄菓子屋。商品の並ぶ棚の上、ふてぶてしく目を細めて香箱を組んだ、でっぷりとしたトラ猫の頭を撫でてきびすを返した。
 カシャ。
「わっ」
 ちゃりちゃりんっ。
 足下で切られたシャッター音に、思わず小銭を落とした。
「何してんの?」
 屈んでいたトモと、毛並みを揃えていた黒猫が一澄を見上げる。
「それはこっちのセリフでしょ」
 散らばった小銭を拾おうと屈み込んで、トモと目の高さを同じにする。
「この黒猫、凛々しい顔立ちだと思わない? で、男前な写真を1枚撮ってやろうと」
 一緒に拾ってくれたトモに、店のおばちゃんがひと言。
「メスだよ」
「いよっ、美人っ」
「ばか」
 トモの後頭部を叩く。



  <Seventeen : IZUMI / 続・KISS >



「なははは」
 照れ笑いを一澄に向けたトモは、すっくと立ち上がった。
「あそこのベンチで休もう?」
 言ったトモが指したのは、店と斜向かいに位置する、石造りのベンチだった。
「のどかな所だね」
 ベンチまで歩いて、トモに缶ジュースを渡しながら言った。
「平日のお寺っていいもんでしょ?」
「すごいのんびりしてる」
 トモと一緒に腰を下ろして、一澄は境内を見回した。
 右手に社、正面にはおみくじがずらりと結ばれた紐に囲われる木(名前はわからない)、左手に駄菓子屋があって、左手奥には立派な杉が太く高くそびえる。
 狛犬から一澄の前を横切って社の階段につながる石畳の道の他は、どこも地肌が露出している。
 やたらと群がっているハトが目に付いた。
「んーっ」
 となりでトモが背伸びする。
 そよ風が吹いて葉擦れを生む。
「ヒナの話」
「うん?」
 ぼんやりと言ったトモに目を移す。彼の目はどこか遠くに向けられていた。
「ヒナにキスされたって」
「ああ、それ」
 缶ジュースで喉を潤す。
「びっくりしたよ、いきなりだったし。まさかヒナに唇奪われるなんてねぇ」
「それ、秋哉には言わない方がいいかも」
「私に嫉妬するってこと? まさか〜」
 冗談まじりに言ったら、急にトモが頭を抱えた。
「あ〜っ、予感も予想もあったけど、ほんとに一澄だなんてな〜ぁ」
「はい?」
 話が見えない。
「え、秋哉さんて嫉妬深いの?」
「ヒナの中で、キスっていうのはしっかりした意味があるんだ」
「え、え、どういうこと?」
 うめくように言ったトモの肩を突付く。
「ヒナって、男女関わらず、ふざけてキスするようなヤツじゃない。キスする以上、紛れもなく本気ってことなんだ」
「うそぉ」
「120%、本気」
 顔を上げたトモからは、冗談めいたものすら感じられなかった。
「ヒナにとって恋愛に異性・同姓なんて区別はないんだよ。理性で恋するか、本能で恋するか、その2つしかない」
「何、それ? 理性と本能」
「そう。キスしたってことは、ヒナは一澄に本能で恋してるってこと」
 一澄は頭をひねった。
「恋愛に理性も本気もあるの?」
「ヒナにはね。本気で説明しようとすると時間長くなっちゃうけど」
「うん、どうぞ」
「あ、聞きたい?」
「ヒナのこと理解したいから。本人に聞くのが一番確実だけど、とりあえずトモ的ヒナの観点が聞きたい」
 言うと、トモは優しくやわらかく笑った。
「ヒナを理解したいってヤツ、いっぱいいるんだよ。幸せなヤツだよねぇ」
 缶ジュースに口を付けてから、彼は言葉を探すように空を見上げた。
「彼氏である秋哉に対しては、ヒナは理性の恋を抱いてる。こいつが好きだっていう動機付けと自覚がはっきりしてる恋愛なんだ。けど、理性で恋してる相手にはキスができない」
「好きなのに?」
「キスっていうのは本能的な衝動なんだって。対して、セックスは理性。恋愛に自覚があるから、服を脱ぐ理由も自覚の下にある」
「ふんふん」
「本能の恋は自覚を超越したとこにあって、理由なんかないんだ。ヒナにとってそれは絶対的なものなのかもしれないね。自分でどうにかできるものじゃないし、だからヒナを苦しめる主体にもなる。ヒナは秋哉が好きだし、そこに嘘なんてない。けどキスができないんだ。俺らが自然にできることがヒナにはできない。どうしても本能が抑制する」
「けど私にはキスできた」
「理由なんてない恋を一澄にしてるってこと」
「ん〜」
 うなる一澄の足下にハトが1羽、立ち止まった。
「どうすればいいんだろ?」
「俺にもわからないんだよねぇ。ヒナが一澄に何を求めるか、何も求めていないか――まったくわからない。参ったねぇ」
 トモの言葉は苦味が少々、ため息まじり。
「トモはどう考えてる?」
 一澄はハトのまん丸な目を覗き込みながら尋ねた。
「何を?」
「ヒナにとって、私は何なのか」
「それがわかってれば、ここまで悩んだりしないよ」
「そっか」
 無関心に歩き去るハトを見送る。
「そうだよねぇ」
 もう一度呟いてトモを見た。空を仰ぐ彼の細い首に目をやる。
「今どうこう言ったって何もできないよ。様子見るしかない」
 缶ジュースを呷るトモの喉元が上下した。
「お賽銭、投げてこよう」
 ショルダーバッグと缶を脇に置いたトモが、一澄の手を引いた。唐突な彼に引っ張られるまま、2人並んで社の階段を上る。木組みの床に据え付けられた賽銭箱は、戸が開かれて様子を一望できる、堂中の手前にあった。
「うわっ、細かいのがない」
 財布を開いたトモは10円を4枚取り出して、
「4円ある?」
「44円? なんかやな数じゃない?」
 聞かれたが3円しかなかった。
「4と4で4合わせ(しあわせ)。不吉な数にしては、いいゴロだよね」
 しょうがない――言って、トモは10円だけ放った。
「30円は?」
「はい」
 手の平に余った30円を一澄に手渡す。
「賽銭箱の前で、一度出した金を戻したくないから」
「神様が怒るの?」
「出し惜しみするなってね」
 言ったトモが、目の前にぶら下がる太い綱を手に取り、振った。
「鈴じゃないんだ?」
 ごぉんっ。
 綱の先にぶら下がるドラを見上げる。
 目をつむって手を合わせるトモに倣って、一澄も小銭を投げた。綱を引っ張ったが思うようにいかず、ドラは中途半端な音に揺れた。
「――ところで」
 手を合わせ終えた一澄は、トモに一歩送れて階段を下りながら声をかけた。
「ここって何の神様を奉ってるの?」
 振り返った彼はにんまり笑って、
「子宝の神様」

 思い切り背中を叩いてやった。




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