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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第16回 IZUMI / kiss

 ―:33 am.
ヒナから、壁画が完成したという連絡が入った。
秋哉の車でのお迎えで我楼に向かった一澄は、リハーサルがどうとか言ってA館に入った秋哉と別れ、C館のドアを開けた。
「待ってたよ〜」
 ひらひらと手を振って迎えたヒナが、演技じみた仕草で両手を広げた。
「完成でっす!」
「わあ……」
 ヒナ越しに壁画が目に飛び込む。一澄は感嘆を漏らした。



  <Sixteen : IZUMI / kiss >



「ま、こんな感じでしょー」
 満足げに腕を組むヒナと肩を並べて、壁を見回す。
 右手の壁は空と羽根と女の絵。
 正面の壁には、地球を踏みつけるハイヒールの絵が力強く描かれていた。
 左手の壁に目をやる。色とりどりのペンキで色づいた壁一面に、それぞれの間隔をもって英字新聞が貼られていた。デタラメなようでいて規則性を感じる。
「こうやって見ると、英語って模様のひとつに見えるんだねぇ」
「日本語に触れてない人から見ると、漢字とかひらがなって模様に見えるんだってさ。だから、絵とか写真に入れても自然なものに思えるんだって」
「あれは?」
 左手の壁際に、何かが横たわっている。よく見れば、3メートル四方の真っ白な板。
「ここでちょっとしたアートライヴやるから、そのキャンパス」
「リアルタイムで作品を仕上げるの?」
「そゆこと〜」
「我楼って、私にとって新しいことばかりだなぁ」
 思わずにんまり。
「新しいもの好き?」
「自分の中にないものが目の前で展開されてるって、すごく興奮できる。私の中が開拓されてくみたい」
「あはっ」
 一澄が言うと、やおらヒナが吹き出すように笑った。
「なんか、トモに似てきてるー」
「そうかな」
「そうだよ」
 はっきり頷いてヒナは続けた。
「表現方法っていうか、比喩の仕方が。一澄の土壌がそうだったのかもしれないけど、トモにしっかり耕されてると思うよ」
 言われても実感が湧かない。一澄は首を傾げた。
「……かなぁ?」
「絶対、そう」
 ヒナは先程よりも力強く頷いた。
「よかったよ、一澄にとってトモがそういう位置にいられるヤツで。あたしのことのようにうれしい」
 言葉通り、あふれんばかりの喜びを湛えたヒナの笑顔を見ていると、一澄も笑みを誘われる。
「ヒナには感謝してるんだよ。我楼に誘ってくれなければ、トモと会うこともなかったし、イベント準備っていう貴重な体験と、こうして触れ合うこともなかったろうし」
「ハニームーンでバイトしてれば、いつかトモとは出会えただろうけどねー」
「素直に感謝させてよ」
「だって照れくさいのさ」
 意味もなく、くるりとヒナは回った。
「何してんの?」
「感謝されんのって苦手なんだよねー。だから照れを紛らわしてんの」
「それで紛れんの?」
「気の持ちよう。紛れると思えば紛れる」
 妙な自信でもって胸を張るヒナ。
「紛れた?」
「気持ち、紛れた」
「たいして効果ないじゃない」
「あはは〜」
 満面笑顔のヒナに突然体当たりをくらって、一澄はよろけた。
「いきなり何するかな、この子は」
 冷静に重心を取り戻す。
「あたしだって、一澄にはかなり感謝してるんだよ」
 笑顔そのままに、ヒナは巧みに意表を衝いた。
「え、なんで?」
「一澄がいてくれなかったら、きっとここまで満足できる作品はできなかったよ」
「手伝いしかしてないけど」
「一緒にいてくれたっていうだけで、救いだったんよ。話してるだけで創作意欲が湧いてくる、今回の作品創りに欠かせなかった存在っ」
 大仰なまでに腕を振って、ヒナの人差し指が一澄の鼻先で止まった。
「だから、一澄には感謝感謝っ♪」
「そこまで言われると、さすがに照れるな〜」
「照れとけ」
 にひっ。
 腕を下ろして、いたずら好きの子供のような笑顔を浮かべる。気付けば、一澄はこの笑顔を好きになっていた。
「いきなり聞くけど」
「ん、何?」
「ヒナって、どうして我楼にいるの?」
 聞いてすぐにヒナの頭上に浮く疑問符が見えた。
「どういうこと?」
 眉根をひそめられて、他の言葉を探す。
「えっと……我楼で何をしたいか、とか、何をしていたいか、とか」
「あたしは……」
 答えを探して空を舞うヒナの視線。間もなく見付けられたようで、半開きだった唇は笑みで結ばれた。
「あたしは、描きたい絵を描きたい時に思い切り描ければそれで十分。それが我楼にそろってるから、あたしはここにいる――こんな答えでいい?」
「ばっちり」
 一澄は大きく頷いてから、はっきり断言できるヒナを正直に羨んだ。
「やっぱり、我楼にいる人って何かしら目的があるんだね。絵とか音楽とか、自分のやりたいことがしっかり見えてて。やりたいことなんて見つかってない私とは、まったく大違い」
「みんな、自分の中にある可能性を試してるだけだよ。もしかしたら、来年はまったく別のことをやってるかもしれない。だから今やりたいこと、できることを一生懸命やってんの」
 言葉をゆっくり紡ぎながら右手の壁に歩いていったヒナを、一澄は目で追った。
「もしかしたら、この絵があたしの最後の作品になるかもしれないんだ。そう考えたら、絶対に手抜きなんてできっこない」
 壁際を歩きながら歩調に合わせ、愛しそうに、ヒナは壁画を指先で撫でていった。
「一澄にもきっと、そういうものが見つかるよ。いつ見つかるかなんて考えないで、焦らないで、自分の周りに何があるかを見て、感じて、吸収して。そしたらいつか、受け身だった自分が何かを形として表現したくなるから」
 とびっきりの笑顔で、彼女は振り向いた。
「そしたらあたしにも見せてね」
「ん、もちろん」
「せっかく生まれてきたんだ、自分の可能性を大事にしなきゃ」
 壁画をひと回りしたヒナは、一澄と向かい合った。
「いろんなことしなよ? 失敗したってそれは損なんかじゃなくて、そこから何か得てると思うから」
「ん」
「って、トモの受け売りなんだけどね」
 あはっ。
 ヒナはオチをつけたが、その言葉はしっかり一澄の胸に染み込んだ。
「受け売りでも説得力あるよ。ヒナ自身が吸収してないと、そうはいかないでしょ。だからそれはもう、ヒナの言葉」
「照れるじゃ〜ん」
 笑って、ヒナはまた、くるりと回る。
「それ、効果ないんでしょ?」
「じゃ、照れ隠しっ」
 言うが早いか、やおらヒナが口付けた――――

 ――――――――――――

「…………………………へ?」
 考えようとする頭の中は白かった。
 時間にすれば一瞬。
 思い返しても刹那。
 しかし確実に、一澄の唇には感触が残っている。
「大好きだよ、一澄」
 ヒナの唇は、柔らかかった。



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