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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第15回 TOMO / 多面体の裏側

 日中の波止場は波の音と陽光にあふれ、湿った風が凪ぐ。アスファルトに腰を下ろして海と向かい合っている間、まるで海に包み込まれているような気すら感じる。
「――そゆこと。よろしく」
 電話を切って、智はスケジュール帳に目を落とした。イベント当日まで、あと一週間と少し。準備は滞りなく進行中。
「あと少しだなぁ」
 興奮のにじんだ声音に振り向く。タバコをくわえて背を伸ばす秋哉がいた。



  <Fifteen : TOMO / 多面体の裏側 >



「びっくり企画の方はどうなってんだ?」
「万全。明日、ちょっとしたリハをやれば完璧だ」
 閉じたスケジュール長を傍らのバッグに入れ、智は自信満々に言った。
「最初に企画を聞いた時、正直言って無理だと思ったけどな」
 秋哉がとなりにあぐらを掻く。
「こんな演出、聞いたことねぇよ」
 水平線を見据えてから、智を振り返った。
「我楼にいる演出係はバカばっかだ」
 言葉とは裏腹に、その表情は明るい。
「イメージを実現させるために一生懸命になれるバカって、いいことじゃない?」
「度ってもんを知らねぇヤツばっか」
「偏見と先入観がないんだよ。楽しむことに関しちゃ、精鋭の脳みそぞろいだ」
「そう。楽しいんだ」
 秋哉がおもむろに感慨を呟いた。
「イベントの準備をしてる俺がいて、ヒナのことで苦しんでる自分がいて、けど前に進もうとしてる俺がいる。なんつーか、それを実感できてる今が、すっげー楽しい」
 言葉の端々から、秋哉の躍動が伝わってくる。紛いない本音に智は耳を傾ける。
「全部片付いた後、俺ん中で何が変わってんのかが楽しみでしょうがねぇんだ。ここまで人生そのものが一種のイベントだって思えてんのは、たぶん初めて。――俺、変なこと言ってる?」
 自然と口元がほころんでいた智に秋哉は気恥ずかしそうに聞いた。
「いや。本当に楽しそうだなって。秋哉の思いが直に伝わってきてさ、俺まで楽しくなってきちゃってんの」
「やめろよ、恥ずかしい」
「感応力が高めだから」
「抑えろ」
「無理言うな。冷たく客観視されるよりはマシだろ?」
 目に見えて赤面している秋哉は目を泳がせた。
 めったに見ることのない友人の様子が、智にはおもしろくて仕方ない。
 どうしようもなく。
「……まぁ、そう言われっとな」
 虚空を睨んで秋哉は頷いた。
「あれ、どうなった?」
 わざとらしい話題転換に智は眉を上げた。
「どれ?」
「原稿の映像。結局、誰を役者にすんだ?」
「ああ、それ。ミナにするよ」
「御杉に怒られねぇの?」
 秋哉の茶化しを笑い飛ばす。
「一澄はしっかりした理解のあるヤツだよ。ミナを使って映像創って、いきり立つような女じゃない」
「過信してるだけじゃね?」
「ちゃんと話したから大丈夫。そんなつまんない女じゃない」
「束縛とか嫉妬も、ひとつの愛だろ。トモが自由すぎるんだ」
「度が過ぎれば単なるエゴの押し付けだよ」
「成長しあう恋仲ってやつ?」
 過去に智が言った言葉だ。
「そ」
 頷く。
「付き合ったからって、互いの世界にまで干渉することはないでしょ。彼氏には彼氏の、彼女には彼女の世界での情報受信があるんだから。情報交換し合うことはあっても、互いに妨害(ジャミング)し合うなんてもったいない」
「ん――――――――」
 袋タイプの携帯灰皿に放り込んだタバコをすり潰しながら、秋哉はうなった。
「いつ聞いてもメンドーそうだな」
「自然体でいられればいいってこと。一澄と一緒にいる時が最も本当の俺に近いと思うよ」
「じゃ、俺といる時はそうじゃねぇってことか」
「ヒナといる時だって、俺とは違う秋哉だろ?」
 噛み付いた秋哉の牙を笑顔でへし折った。
「人間は一面性じゃない。みんな多面性。けど、それを受け入れてくれる人が少ないんじゃないかなぁ」
「そうか?」
 新しいタバコに点けた火を眺めながら、秋哉。
「そうだよ。多面体だから、一面を見たら裏の面は見えなくなるってのは当然なんだけど、その裏面を見せた途端に『らしくない』って言われる。そんな経験、ない?」
「あー、あるわ」
「裏面も俺に変わりないのにね。相手によってイメージ変えなきゃいけないなんて、そんなの疲れるよ」
「そうか? 俺は楽しいけどな」
 煙と一緒に出た秋哉の言は、思いも寄らないひと言だった。
「こいつにはこんな俺、そいつにはそんな俺、って風に分けるの、結構楽しかったりな。俺が接してる人間はそれぞれに俺のピースを持っていて、全員が集まらねぇと俺っつーパズルが完成しねぇの」
 ふいに、智の胸におかしさが湧く。
 ものすごい勢いで、笑いが喉元まで込み上げた。
「はははは! まったく気付かなかったよ、秋哉がそんな器用なヤツだったなんて! やられた〜!!」
 腕を振り上げて、智は背中から倒れた。
「トモの前じゃ、多面性な俺だ。トモが多面性なヤツだからな、合わせてっとこっちまでそうなる」
「ははははは!!」
「おまえ、いつまで笑ってんの?」
「いや、ははっ、ごめん」
 腹が痛い。ここまで爆笑するのは何年ぶりだろう?
 片眉を上げて怪訝な顔をする秋哉の背中を、思いっきり叩いてやった。
「痛ぇーよ、バカ」
「そっか〜」
 清々しい。
 気分が晴れている。
 大きな声で何かを叫びたい。
「俺、8年間も秋哉のこと誤解してたんだなぁ〜」
 笑いはまだ枯れてくれそうにない。油断すれば呼吸もままならないほどに笑い転げそうだ。
「俺もまだまだだなぁ。まったく見抜けなかったよ」
 友人の新しい発見というのは、ここまで楽しいもの?
「笑いすぎ」
 呆れ顔の秋哉をよそに、智は声を張り上げた。
「やられた――――――――――――――――!」



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