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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第13回 IZUMI / 恋人のカメラ

「あなたは今、幸せですか?」
 こんな質問をされて笑顔で頷く人はいても、
「あなたは今、不幸ですか?」
 と聞かれてもなお、笑顔で頷ける人はそうそういない。
 そんなことはどうでもよくて。
 今の御杉一澄は幸せである。
 なんてことを言ったら恋人は、にっこりと笑った。
「そう言ってくれるとうれしいよ」
 カシャ。
 塀の上でうとりうとりと気持ち良さそうにうたた寝する猫にシャッターを切りながら、トモは答えた。
 一澄の視点から見たトモは、いつだって楽しそう。こうして、2人で住宅街の路地を歩いているだけでも笑顔を絶やさない。
 ヒナに近い無邪気を感じる。
 なんてことを言ったら恋人は、ははっと笑った。
「ドキドキとワクワクを忘れたら、人生なんてつまらないでしょ」
 カシャ。
 家と家の間、雑草が程好く散らばって生える細い路地を写真に収めて、トモは一澄を振り向いた。



  <Thirteen : IZUMI / 恋人のカメラ >



「大学を出て社会に出て、結婚して子供ができて、残るは静かな老後生活。多くの人がそういうライフスタイルなんだろうけど、俺には合わないんだよ」
「トモって大学行ったんだっけ?」
「行ってないよ。行きたい学校がなかったし、時間に縛られたくなかったから」
「専門とかは行きたくなかったの?」
「俺がやりたいことは技術以上に感性が必要なことだと感じたんだ。技術的なことばかりを押し付けられるように学んで、頭でっかちになりたくなかったってだけ」
 ファインダーを覗き込んで次の被写体を探すトモ。彼がこういったことをよく話す人物だと知ったのはつい最近のことだ。
「学校を否定するつもりはないよ。技術と知識の宝庫であることは間違いないし。要は使いよう」
 話し続けるトモのカメラが一澄に止まる。
「一澄だって、学校行く目的がなかったんでしょ?」
「うん」
「何かやりたいことがあったから?」
 聞かれて困った。しっかりした考えを根底にして進学を選ばなかったトモに恥ずかしさすら覚える。
「その逆。やりたいことが見つからなかったの。だから行きたい学校なんて見つからなかったってこと」
「今は?」
「ん〜、まだ…かなぁ?」
 カシャ。
 不意打ちのシャッター音に一澄は驚いた。
「題して『夢の手前』」
 満足気にカメラを下ろしたトモを睨みつける。
「いきなり撮るなんて卑怯」
「いきり立ちなさんな。今撮ったのは、まだやりたいことを見つける前の一澄。いずれ見つかったら、また撮ってあげる。きっといい顔してるよ」
 トモになだめられると、睨む目元もほぐれてゆく。こんな人と出会えて良かったと、心の隅っこで呟いた。
「トモって、どうして写真を始めたの?」
 写真つながりで聞いてみた。
 彼はショルダーバッグにいつもカメラと換えのフィルムを入れている。ことあるごとに取り出して、あちこち撮り出して、できた写真をファイルする。
 そうなる前とそのきっかけを一澄は知らない。
「最初はね、そんなに興味なかったんだよ」
 言って、歩き出した彼のとなりに、一澄は小走りで追い着いた。
「高校の後輩に、すごい写真を撮ってたヤツがいたんだ。文化祭で有志募ってギャラリー開いたりして、精力的に行動してたヤツ」
 いつもよりゆっくりな歩調。一澄は彼の横顔を眺めながら静かに耳を傾けた。
「高校生の撮る写真なんて高が知れてる――そんな先入観もあったから、暇潰しくらいのつもりでギャラリーを覗いてみたんだ。で、気付いたら、そいつの写真の前で立ち止まってた」
 トモが空を見上げた。つられて一澄も見上げる。いびつな白い点になった飛行機が広い空を横切る。
「校舎の窓に手を当てて、飛行機雲を撮った写真。他の写真とは何か違う、ストレートな感性がたしかにあったんだ」
「その人の写真ってその1枚だけ?」
「そう。周りが何枚も展示してるのに、そいつは1枚しか出してなかった。かなり長い時間見てたのかな、いきなり肩を叩かれて、見たらそいつがいた。それが東季(あずき)との出会い」
「あずき?」
「東の季節って書いて、あずき」
同じような名前が一澄の頭に浮かんだ。
東季。
南季。
「ミナの弟」
 予想通り。
「東季と出会う前は映像にしか興味なかったんだ。写真なんて、どうせ瞬間しか写せない――それを短所としか思えなかったからね」
「東季くんと出会って変われたわけだ」
「一緒にあちこち行ったりしたりしてね」
 にっこり頷くトモ。
「瞬間というものは本当に唯一無二で、見えないのに大きな自然――そりゃもう、耳にタコができるくらい、よく言ってたよ」
「東季くんは、今はどうしてるの?」
「あいつ、何を思ったかヌードを撮りたいって言い出したんだ」
 トモは質問とはまったく別方向のことを答えた。
「ねぇ?」
「彼女がいたから、てっきり彼女を撮るんだって思ったよ」
 思い出にのめり込んでいるのか意図的か、ほしい答えは返ってきそうにない。
 一澄はあきらめることにした。
「そしたらあいつ、一緒にギャラリー開いてた先輩を撮った。さすが写真うまいだけあって、きれいな写真ができたよ。けどね。高2の多感な時期に彼氏が別の女でヌード撮ってたらどう?」
「ヤだ」
 唐突に振り向かれて軽く戸惑ったが、すっぱり答えた。
「でしょ。東季の彼女もそう。純粋な子で、純粋に東季が好きだったんだね。そのせいでおかしくなっちゃって……」
 思い切り鼻から空気を吸い込んで、トモは語を区切った。その横顔は一澄まで寂しくなるくらい、哀しそうな笑顔。
「東季はもういない」
 つらそうな彼の顔を見るのがつらい。
「……聞かなかった方が良かった?」
「現実は変えられないよ。それに、こうして時々思い出さないと苦しくなるんだ。俺の中から東季が消えてしまいそうになる。それが一番怖い」
 トモはカメラを撫でながら、
「このカメラ、東季が使ってたもんなんだ。『やるよ』なんて言われてどうしたのかと思ったら、それがあいつからの最後に聞いた言葉になっちゃった」
 胸が痛い。
 何も言えなくなる。
 一澄はトモの手を取って身を寄せた。
「ごめん…って言ったら、また怒るよね」
「怒ってないでしょ」
「注意するでしょ」
「一澄が謝ることないから。一澄は聞いてくれるだけでいい。そんなことがあったってことを知ってくれるだけでいい」
 ね?――トモは笑ってくれた。
 彼の笑顔が。
 彼の感触が。
 彼の存在が。
 一澄の中から消えた後なんて想像したくない。
「うん、わかった」
 頷きながら、そんなことを考えた。
 ぽんっ。笑顔付きで一澄の頭に手を乗せて、トモは腕時計を覗き込んだ。
「そろそろランドリーに戻ろうか?」



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