小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第12回 AKIYA / ヒナの父親

 ケータイのデジタル数字を見てみる。
 ――9:24 am――
 秋哉がこんな早い時間に我楼にいるということ自体、極めて稀有。
 めっずらし〜。
 なんて、頭の中で呟いてみながら、いつもの駐車スペースに停めた車から秋哉は出た。
 A館のドアを引き開いた中で、色とりどりのレーザーが闇に踊っていた。いつもは音楽に乗っかって泳ぐ光の筋が静かに舞う光景は、とても幻想的だった。
「なんだこりゃ」
 唯一のBGMである潮騒を背にぼやく。
 開いたドアからの外光に、フロアの真ん中にいたトモが振り返った。
「秋哉。おはよー」
「何してんだ?」
「これ」
 カシャッ。
 言うが早いか、秋哉にシャッターを切る。



  <Twelve : AKIYA / ヒナの父親>



「フラッシュは?」
「たかない。光の残像を撮りたいからね」
 秋哉は写真のことはよくわからない。興味がないわけではないが、触れる機会もない。目の前に機会がいるが、だからこそ、いつでもやれるからと後回し。
「慧。いっかい休み入れよ」
 付けていたインカムでトモが言うと、気ままに奔走するレーザーが闇に吸い込まれるように消え、入れ違いにフロア全体が明るくなった。あふれた光に智の目が細くなる。
「今回のテーマは光?」
「いやいや。今日は仕込み」
「仕込み?」
「そうそう。秋哉に見てほしい原稿があるんだ」
 秋哉の疑問そっちのけで、トモはショルダーバッグを探り出した。
「人の話を聞けよ」
「仕込みがなんなのかは、写真ができるまでのお楽しみ」
 しっかり聞いていたらしい。
「これ」
 トモが差し出したのは、B5のプリント用紙だった。
「ショートショート?」
 枚数を数えたらたったの3枚。
「映像にしたら2〜3分くらいかな。そのBGMをね、創ってもらいたいんだ」
「報酬は?」
「タダでやってくれよ」
「しゃーねぇな」
 最初からそんなもの、期待などしていない。決まり文句のようなやり取り。
 秋哉は印字された文字の列に視線を落とした。

――――――――――――――――――――

 同棲歴1年と半年。
 その果てが破局。
 決して広いとは感じなかったマンションの部屋は、彼が出ていっただけで広さを取り戻した。
 さて。今日は日曜日。
 はげて脂ぎった上司の一挙一動にキレかける心配もない。
 んー。部屋の整理でもしよっか。
 くそったれな男が残していった要らない物を、一思いに捨ててしまおう。
 もともとは私が集めていた小説を収めるためだった本棚。文庫本ばかり集めていた私とは対照的に彼はハードカバーばかり集めていた。値は張るわ微妙に厚いわで私は文句ばかり言ったもんだけど、いつしか半分以上が彼の本で埋まっていた。
 こうして改めて眺めてみて、彼の乱読っぷりに呆れる。文学小説と推理小説とホラー小説を「頭痛促進剤」と一言で一蹴する彼は恋愛小説を好んだ。作家を選ばず、恋愛がテーマであれば何でも良かったらしい。
 物語を読み終えると主人公たちに気が済むまで罵倒を浴びせ、そそくさと次の本を手に取る。
 恋愛学者にでもなったつもりなのか。
 物語の主人公たちが実際に彼と話したら心中しかねないような事を大いに語っていた。
 そんな彼がうわべだけの恋愛上手なのだと、私はよく知っている。
 売ればそこそこの金額になりそうだったけど、くそったれな男の本を売って得たくそったれな金を使う私もまたくそったれになってしまいそうで、捨てる事にした。
 これだけの本を残して出ていったくせに、CDだけは全部持っていった。おかげでCDラックはスカスカ、ずいぶんと風通しが良くなったもんだ。
 こうなるんだったら、気に入っていたCDを片っ端からMDに落としておくんだったと、今さらながらに悔やむ。
 はたと思い出して洗面所に向かう。案の定、シェイビングクリームとコップの中に突っ込まれた2本の歯ブラシが残っていた。まだ半分以上残っているシェイビングクリームをゴミ箱に放り、彼用の歯ブラシをへし折った。
 ぽきり。
 洗面所の鏡に映る私は、とても人様に顔を見せられそうにないほど顔色が悪かった。眠そうにクマを引っ下げた半目に、寝グセで爆発している頭。
 跳ね上がった毛先をつまみながら、そろそろ美容院に行こっかな、などと思う。
 顔を洗ってリビングに戻ると、床に転がったアルバムを見つけた。
 座って、膝の上に乗せてみる。
 何の飾り気もない質素なアルバム。
 付き合ってすぐの頃に買ってくれたアルバム。
 思い出を作ってこう。
 などとのたまった彼は、しかし写真が好きじゃなかった。
 めくってみればわかる。入っている写真は3枚だけ。
 このマンションに引っ越した直後、荷物の整理にせっせと精を出していたところを撮られた不意打ちの1枚。
 その仕返しで撮った彼の寝顔。
 さらにその仕返しで撮られた私の寝顔。
 何やってんだか。
 こいつも捨ててやろうかと考えて、やっぱりやめた。
 やな事があったからって、楽しかった思い出に罪はない。
 どんなに嫌気が差しても、残しておきたい写真がある。
 ――なんちゃって。
 たしか、彼が思い付きで私に買わせたポラロイドカメラがまだ残っていたはず。そいつでこれからの思い出を作ってこう。
 真剣になったり、笑ったり。
 騒いでみたり。
 泣いたり悩んだりする時も。
 そのためにもまず、掃除してしがらみもまとめて捨てたこの部屋を撮ろう。
 決心して、私は腰を上げた。
 ♪〜♪
 足元でケータイが鳴って、条件反射で手に取った。
 彼からだった。
 いわく、
 頭を冷やしてみたと。
 ケンカして、出ていったのは馬鹿だったと。
 ひいては、
 またやり直さないかと。
 笑い出しそうになるのを必死にこらえて、私は言った。


「さようなら」


――――――――――――――――――――


「……おもしれーじゃないの」
 原稿を読んでみて、率直な感想を述べた。
「自信作」
「珍しいな、自画自賛。登場人物は女1人だけか――御杉?」
「ミナにやってもらおうかと思ってる」
 トモが挙げたのは、秋哉が苦手とする女だった。
「御杉、嫉妬すんじゃねぇか?」
「かもねぇ」
「なんか余裕っぽくてむかつく」
「ははっ」
 いつも、トモは飄々としている。それでいて極端に一喜一憂したり。傍から見てかなり矛盾したヤツだと感じるのに、本人に自覚は皆無。
「一澄にも話するつもりだよ。もしイメージが合うようであれば一澄にやってもらうし。やっぱり嫌われたくないからね」
「それまた弱気だ」
「惚れたもん負け」
「相思相愛が何を言う」
 すかさず突っ込む。トモの肩越しに、ステージから下りたサトに声をかけた。
「おはよう」
 彼は手を上げるだけで秋哉に応えた。トモが、サトに振り返った視線をすぐに秋哉へ戻す。
「ヒナは?」
「家で爆睡。今日は休日にするんだと」
 パンツのポケットに手を入れてから思い出す――タバコ切らしてた。
「サト。一本くれ」
 トモのとなりに立ったサトにタバコをもらって火を点ける。
「バイトじゃなくて?」
「あー、そんなことも言ってたっけな」
 ひと口めを吐き出してトモに答えた。
「はは。ヒナにとってはバイトも休日だね」
「バイトしてんだ?」
 タバコを吸い出したサトが、ぷかり呟く。
『ウェイトレス』
 秋哉とトモのハーモニー。
「似合ってねー」
「本人に言ってやれ」
 笑うでもなく呆れるでもない、サトのストレートな感想に秋哉は笑いを噛み殺した。
「――できればヒナの耳には入れたくないことがある」
 おもむろに。トモの口調が重々しくなった。
「いきなしどうしたよ?」
 どこか沈痛そうなその表情が秋哉の胸を騒がせる。
「ヒナの父親から連絡があった」
 秋哉を見据えるトモの顔から、表情が消えた。
「今さら何の用で? ずいぶん前に縁切ったんだろ?」
 ヒナの父親のことは本人から事情を聞いて、知っていた。
「『芸術なんてくだらない』ってね」
「そんなこと言われたら、そりゃヒナも刺そうとするわな。家を出て正解だ」
 無表情なトモの台詞に秋哉は嘲笑した。
「で? 親父はなんだって?」
 話の先を促そうと、サトが紫煙を天井に吐いた。
「芸術なんて早くやめて、今からでも大学行けと」
 肩をすくめるトモ。秋哉はせせら笑った。
「ヒナが了解するわけがねぇ」
「俺も同感だよ。あいつは大人しく従わない」
「それ、ヒナには言ったのか?」
「いや。伝えたって、いいことないだろうし」
 かぶりを振るトモと、秋哉も同意見だ。
 悪影響はごまんとあっても、実りがないのは火を見るより明らか。
「意外なのは、トモがヒナの父親と連絡とってたってことだ」
 今さらながら気付いたこと。
「味方を守るには、その敵を知るのも大切だよ」
 トモはその真意をつかみにくい、微笑だけを浮かべた。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 10315