小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第11回 IZUMI /恋人の会話、とりとめのない話

 古着屋には、古着独特の匂いが充満している。新品ばかりをそろえたショップとは明らかに異なる匂い。ショップと古着屋、どちらが好きでどちらが嫌いというわけではないが――古着屋の方が、一澄は居心地がいい。
 Tシャツ、デニム、薄手のシャツ――ハンガーに掛けられ、身を寄せ合い並ぶ衣服を整理していると、服にも温もりがあるのだと感じる。新品の服とは違う、彼らが持つ『味』がある。
「――おつかれ、一澄ちゃん」
 などと考えながら店の中央に鎮座するテーブルを前にしてTシャツを並べ直していると、声をかけられた。目を上げれば、テーブルを挟んで小林店長の笑顔。
 ベリーショートの栗毛はとても綺麗で、ほっそりした顔立ちは美人顔。ノースリーブシャツとサブリナパンツで覆う体はスタイルも良くて、さすが元モデル。
 小林顕、27歳。芸術をこよなく愛し、それが高じてハニームーンを建てた女性。
「上がりの時間よ。奥で休んできなよ」
 言われて、店の隅に身を寄せるレジカウンターに目をやった。壁にかけられた六角形のアンティーク時計は午後8時を指していた。
「時間って早いですね」
「何ずれたこと言ってるの。お迎えが来てるってのに」
「はい?」
 いたずら心を隠そうともしない店長の笑みを振り向いた。
「トモくん。付き合ってるなら付き合ってるって早く言ってよ、水臭い」
「あはは」
 一澄からすればまだ関係の浅い店長にどうしてそこまで。
 とはさすがに言えない。



  <Eleven : IZUMI /恋人の会話、とりとめのない話 >



 ハニームーンの営業スペースの奥は、小林店長の趣味たっぷりのスタッフルームがある。ガラステーブルを囲うようにイスが5脚。壁にはダーツの的とチェス盤がかけられている。
 はやる気持ちを抑えて一澄が入ると、イスに座っていたトモが本から目を上げた。
「おつかれ〜」
「おつかれ。ここの仕事はどう?」
 読んでいた本を閉じて、テーブルに置かれたコーヒーマシーンとマグカップで一澄のコーヒーを淹れてくれながら、トモが聞く。
 トモの正面のイスを引いて腰を落とした一澄は、
「うん、やっぱ楽しいよ。並んでる服見てるだけでも楽しめるし、お客さんも気さくに声かけてくれるし、小林さんもおもしろい人だし」
 差し出されたマグカップに礼を言う。コーヒーマシーン横に置かれたシュガーポットを手に取ってから、
「何読んでたの?」
 と、トモの手元の本を覗き込む。
 B6判のハードカバー。厚さは、1センチほど。表紙には、高層ビルに縁取られた青空が写っていた。
 表題は――
「――リ……リ…………何?」
「『rhy-que voice(リーク ヴォイス)』。知ってるヤツの新刊なんだ」
「友達?」
「そこまでの仲じゃないよ。ほんと、互いに知ってる£度」
「有名なの?――あれ?」
 コーヒー片手に聞いてみて、一澄は気付いた。
「著者名がない」
「こいつ、表紙に名前入れないんだ。題名に『rhy-que〜』って入れるからそいつの本だってわかるけど」
「あ」
 トモの言葉と同時に思い出す。
「ここに何冊か置いてあるよ。本棚にあった」
「というか、ハニームーンにしか置いてもらってないんだけどね。こいつもストリートアーティストだよ。我楼の創始者」
 本を指してさらりと言ったトモだったが、一澄は大げさに驚いた。
「創始者!?」
「そ」
 コーヒーを口に含んだトモはマグカップを回しながら頷いた。
「本を見るに、おもしろい人だよ。たくさん話してみたいけど、めったに我楼に来ないからね、そんな機会もない」
「ふぅん」
 我楼の創始者とやらの話はそれで打ち切りになった。知ってる<激xルの人物だから、トモとしても話題にするには扱いづらいらしい。
 閉店準備をする小林店長にひと声かけてから、2人は店を出た。
 もう6月も半ば。温度と湿度が高めな夜気の中、肩を並べて歩く。
 ひっそりと静まり返った住宅街に、2人の足音が規則的に落ちる。トモより間隔の短い足音を蹴っ飛ばして、一澄は声を向けた。
「ヒナが描いてる壁画、右下に『kaya』って入ってたけど、あれってヒナのペンネームかなんか?」
「本名だよ」
「本名?」
「日生香耶。あれ、聞いてなかった?」
「知らない知らない」
 言われてみれば、ヒナのフルネームを知らなかった。
「我楼のネームカードは?」
「『HINA』としか書かれてなかったよ。だからてっきり、ヒナっていう名前だと思ってた」
「苗字でした」
「誰も教えてくれなかった〜」
「聞けば良かったのに」
 嘆く一澄を明らかに楽しんでいるトモの笑顔。
「楽しんでるでしょ」
 率直に聞く。
「ん。みんな間違えるもんだから。そろって先入観に惑わされすぎ」
「トモは?」
「俺は間違えるはずがない」
 彼は大した自信で断言した。
「なんで」
 バカにされたようで、ふてくされ気味に言葉を放る。
「妹だから」
「はい?」
「異父兄妹なんだ、俺とヒナ」
 意表を突き抜いた、予想外もいいところな返答に一澄の脳はフリーズした。
「我が家は一般家庭よりも複雑だよ。ヒナの苗字が違うのはそのせい」
「そうなんだ」
 一澄の想像など届かない世界。頭で理解しても、心までは届かない。
「落ち込んでる?」
 気まずさでうつむいてしまった一澄の腕を、トモが引っ張った。
「聞いちゃいけなかったかなぁって」
「バイトのことといい、俺とヒナのことといい、一澄って変に気に病むよね」
 彼の表情はいつもと変わらない。
「一澄が気にしたって仕方ないよ。当事者の俺だって、自分の境遇を大した問題としてないんだから」
「ほんとに?」
「ほんとに」
 頷いて、トモの手が腕を離れた。
「――あのさ」
 衝動が一澄の中で疼く。引っ込めたトモの腕を今度は彼女がつかんだ。
「うん?」
 いつもの笑顔はトモの象徴。
「家、もうすぐなんだけど」
 もうすっかり見慣れた町並みを見渡す。静かな空気。並ぶ家々に灯った明かりで、そこにたしかに人が生活していることを感じる。
「もう少し一緒にいたいから、来ない?」
 少しだけ、トモが驚いた表情を浮かべた。
「時間ある?」
「もちろん」
 微笑に変わったその顔が近づく。トモに従って、触れるように口付けた――――
 ――目を開けてから、今さらながら恥ずかしさが頭まで上る。
「照れてる」
 にひ。
 トモのこの笑顔がヒナに似ている理由がやっとわかった。
 とりとめのない話から、相手の核に近づく種が零れる。
 とりとめのない話で、一澄はトモを知っていく。
「うるさい」
 彼の腕を叩いてから、一澄はその手を取った。



← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 10306