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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第10回 HINA / 本能movin'

 いつものように、ヒナの作業がひと段落ついたひと休み中のこと。
 いつものように、トモが買ってきてくれた(買いに行かせた)缶のお茶を飲みながら。
「バイト決まったよ」
 独り言かと思うくらい、一澄の科白は突然で小さかった。



  <Ten : HINA / 本能movin' >



「え、どこ?」
 だから、顔を上げたヒナが声を発するまでに中途半端な間が空いた。
「ハニームーン」
「おー」
 一澄の挙げた店名で、ヒナよりも先にトモが歓声を上げる。
「おめでとー!」
 一澄のバイトが決まったことと、知っている店だということがうれしくて、ヒナは彼女の背中を叩きながら賛辞を送った。
「でね、でね」
 そろって拍手するヒナとトモを静かに抑え、窺う口調で聞いてきた。
「週3か4くらいで入りたいんだ。独り暮らしの生活費もあるし……」
 あけすけな彼女が珍しく言葉を濁す。だが、言いたいことは伝わってきた。
「あんまり我楼に来れなくなるってこと?」
 ヒナの胸中を、トモが質問という形で代弁する。
「そう、なっちゃうんだよね」
「いいじゃないのー。せっかくバイト決まったんだし」
 一澄の歯切れの悪さを吹き飛ばそうとヒナは満面で笑った。
「まったく来れなくなるわけじゃないんでしょ?」
 どこか弱気なトモ。
「うん。オフの日はこっちに来ようと思ってる」
「そんなにテンション落とすことないよ。何か問題ある?」
 首を傾げてみせたヒナを申し訳なさそうに見つめ、
「今までみたいに手伝いできなくなっちゃうから…」
「けど、手伝ってくれるんでしょ?」
「そうしたい」
「週2とかになっちゃうとしても、こっち来てくれるんでしょ?」
「そうしたい」
「あたしと一緒にいてくれるんでしょ?」
「そうしたい」
 かくかく頷く一澄の首を、その両頬をつまんで止める。ヒナはにまっと笑いざまに、頬を左右に引っ張った。
「いたぁ!?」
 もちろん、悲鳴を上げて手を振り払う一澄。
「な――――――ぁんも問題ないよ。手伝ってほしいって言ったけど、一澄の時間まであたしに合わせることない。一澄の時間なんだ、使うのは一澄なんだから」
「……ありがと」
 痛みで涙を浮かべ、赤くなった頬をさすりながら、やっと一澄は笑ってくれた。
「どうしてバイト決まったってことで慰めなくちゃいけなくなるかねー?」
「ごめん、ヒナ。ここに来る時間が減っちゃうから、悪いと思って」
「まーた同じこと言わせるつもりか」
「つまんないことに気を回しちゃったみたいね」
 と、一澄は額を掻きながら言う。
「ごめん」
「一澄、謝りすぎ」
 人差し指を突きつけて、ヒナ。
「ヒナってこんなヤツだから」
 それまで2人のやり取りを見守っていたトモが、一澄の頭に手を乗せた。
「こいつとの付き合いに、気遣いとか遠慮はいらないよ。むしろ嫌いでしょ」
 語尾で視線をヒナに移した彼に頷いてから、
「社交辞令とやらもね。人間をダメにする文化だよ、ありゃ」
 付け加えた。
「こんなヤツだから」
 トモの一言で笑い合う彼と一澄を見ていると、微笑ましくも、もどかしい。わざと突付いてみたくなる。
「一澄が来なくなっちゃうとトモが寂しがるよー?」
「いやいやいやいや」
 予想通り、過敏に反応したのは一澄の方だった。必要以上に首を振る彼女に平然と、トモが言う。
「なんで? 寂しがるよ」
 こっちも予想通り。
「……へ」
 ぽかんと口を開けて一澄が固まる。
「一澄のことが好きってこと」
「それは俺が言うべきことでしょ」
「じゃ、とっとと言いなさいよ」
「恥ずかしいから」
「何を今さら」
 朗らかな笑顔で言いのけたトモを鼻先で笑い飛ばしてやった。
「まだ固まってるねぇ」
 ぽんぽん。トモが頭を叩く一澄は未だ呆然の中にいた。
「しょーぉがない。邪魔者はちょっくら外の空気でも吸って、気分転換でもしてくるかー」
「自虐的な」
「事実でしょ」
 両腕を振り上げて背伸びしてから、にんまり顔をトモに呈するとヒナは立ち上がった。
「でわでわ、ごゆるりと♪」
 助けを求めるように見上げた一澄に手の平を振って、その場を後にする。
「――若いっていいねー」
 C館を出て、後ろ手にドアを閉めてから独り呟いてみた。水分と潮の香りを存分に乗せた風を肺いっぱいに吸い込む。夕陽が水平線より少し高い所に浮かんで、ゆらめく海面と一緒に、かざしたヒナの手の平さえも朱に染める。
「ヒナ」
 呼ばれて右に首を回せば、秋哉がちょうどA館から姿を現した。
「おす」
「トモと御杉は?」
「中にいるよ」
「へぇ」
 半分くらいの長さのタバコをひと口吸って、彼はC館を見上げる。
「お邪魔虫は退場してあげたんよ」
「お邪魔?」
 携帯灰皿にタバコを入れて、きょとんとした目を返してきた秋哉が妙におかしくて、
「気付かないのは秋哉くらいだ」
 ヒナは大口を開けて笑った。
「なんだそりゃ」
 口を尖らせ不満を表す秋哉に近づいて、
「そのうちわかるって」
 その肩を叩いてやる。
「教えろよ」
「教えない」
「気になるじゃねぇか」
「気にすんなってばよ」
「うわ、仲間はずれだ」
 とうとうふてくされた秋哉に、ヒナは腹を抱えて笑った。
「何がおかしい」
「秋哉っていう人間性」
「どうせおかしいさ」
 しゃがみ込んだ秋哉が恨めしそうにヒナを睨め上げる。構ってもらえず似すねている大型犬と秋哉の姿が、ヒナの頭の中で重なった。
「気が済むまで笑ってくれ」
「あははははは!」
「指を差すなっ」
 ヒナの人差し指をつかんだ秋哉がふいに引っ張る。
 よろける重心。
 引き寄せられる。
 秋哉の唇が近づく。
 思考が止まる。
 本能が動く。

 どんっ――――――――

 コンクリートの上で、ヒナは秋哉もろとも倒れ込んだ。仰向けに転がった秋哉の胸に額を乗せて、彼を突き飛ばした、数瞬前を思い出す。
「……なんでダメなんだよ」
 押し付けた額から秋哉の声が響いてくる。
「言ったじゃない」
 自分でも驚くほど、その声音は冷たい。
「わかんねぇよ」
「あたしだって」
「俺が嫌い?」
「好きだよ」
 答えると、秋哉は黙り込んだ。彼の静かな呼吸を、上下する胸元から感じる。
 顔を上げる。横っ面を夕陽に照らされて、右腕が秋哉の目元を覆っていた。
「泣いてんの?」
「涙ぐんでんの」
「同じじゃん」
 彼は応えない。
「………………………………………………………………同じじゃん」
 もう一度言って、ヒナは恋人の首に腕を巻きつけた。
「好きだっていう想いを伝え合えたらいいのにね」
 額を胸に押し当てて、まぶたを閉じる。
「そうすれば、こんなに苦しめたり、苦しんだりしないのに」
 目頭が熱くなる。
「どうしてこんなにも、人間って不器用なんだろ――――――――」



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