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作品名:Ga-Row 〜The space they called 'Street Artists' are〜 作者:nakoso

第1回 IZUMI / つなぎの少女とその作業

 抜けるような青空。雲ひとつなく、無限を感じさせる蒼。春も半ば。やわらかい陽気に誘われるまま、御杉一澄(みすぎ いずみ)はお気に入りのジャケットとジーンズを身に着け、行きつけのショップの買い物袋を引っ提げて街を歩いていた。平日の昼下がり。街の喧騒はそれでも息づいていた。
 とうに春休みは終わっているはずなのに見受けられる制服姿。さもホスト風なキャッチ。それと、1羽のカラス。
 それらをすり抜け、一澄はコインランドリーに向かった。今年から独り暮らしを始めた彼女は、街にある数軒のランドリーを巡るうちに一軒のランドリーを見つけたのだった。



  <One : IZUMI / つなぎの少女とその作業>


 
 大通りに軒を並べる建物の列を、中古カメラ屋脇の路地で曲がる。瞬間にして喧騒は薄れ、のどかな住宅街が眼間に広がる。まだ瓦屋根の残る町並み。緩やかに流れる時間を楽しみたいと、自然と歩調も緩やかになる。
 道の隅っこで日向ぼっこしながらあくびをかます猫に頬を緩めていると、目的地の前を通り過ぎそうになった。
「おっと」
 くるりと回って、方向転換。2歩戻って、ランドリーの前に立った。『コインランドリー』と読めないこともないさびれた看板を見上げ、にんまりする。ガラス戸を押し開けて中に入れば、洗濯機と乾燥機が並ぶスペース。洗濯機の1台だけが動いていて――ごうんごうん――中で洗濯物が回っている。見回せばイスと、雑誌のささった小さな本棚がある。
 そのイスに、1人の男が座っていた。シルバーメタルのごついヘッドホンを耳に当て、ファッション雑誌に読みふけっている。首が前後に揺れているのは、きっと聴いている音楽のせいだろう。一澄がここに通い始めて、初めて自分以外の人に会った。いつもはまったく誰もいないランドリーで、それが彼女の気に入った点でもあった。
 声をかけようかとも思ったが、彼を無視して洗濯することにした。音の世界に没頭している彼を、わざわざ現実に引っ張り出す必要もない。
 ショップの袋から洗濯物を引っ張り出して機械に詰め込む。下着も洗おうかと思ったが、ヘッドホンの男が帰ってから洗おうと決めた。見た目の印象からは感じないが、もしもおかしなヤツだったら厄介だし。
「――ヒナ?」
 小銭を投入し洗濯機を回し始めると、ふいに声がかかった。振り向くと、ヘッドホンを左耳だけ外した男と目が合った。
「は?」
 不審丸出しで聞き返す。
「あ、わりいわりい。背格好が似てたもんだから」
 あっさりと人違いを詫びる。
 悪い人じゃない――そんな印象が浮かんだ。コットンパンツを緩めに履き、涼しげにスウェットを着ている。
「いつもここ使ってんの?」
 気さくに声までかけてくる。穏やかな声音だった。ややクセのついたショートヘアは目元まで前髪が伸びていた。
「つい最近からですけど」
「最近?」
 ふぅん。男は鼻を鳴らした。
「ここを使う人って珍しいよ。どうしてここにしたの?」
「落ち着きますから」
 ふんふん。今度は満足そうに頷く。
 なんだこの人――一澄は胸中で彼の反応が気になった。
「――なにナンパしてんの」
 ふとガラス戸が開き、淡白な声が飛び込んだ。
「ナンパなんか。知り合い増やしてるだけ」
 途端、男の口調と表情が明るくなるのがわかる。もし男の顔が花だとしたら、蕾が突然開いたように。
「あっそ」
 素気なく入って来たのは、デニムのつなぎを着た女だった。デニムのボストンバッグを肩から提げている。女、といっても背丈は一澄の鼻辺り、その顔立ちは幼く、一澄より年下かもしれない。丸みを帯びた頬、眠そうにとろんとした二重、地なのか染めたのか、赤毛を背中まで伸ばしている。
 つなぎとスニーカーに付いた色とりどりのペンキが彼女の存在を彩る。
「さっきさ、この人とヒナを見間違えちったんよ。似てない?」
 男が言うと片眉を上げた女がまじまじと一澄を見つめ、
「どこが?」
「背格好」
「自分の背格好なんて知らんよ」
 はっ。嘲笑のように鼻先で笑う。この女がヒナというらしい。彼女はやおらボストンバッグを足元に放ると、
「ふんっ」
 と両腕を上に伸ばしあくびと一緒に背伸びした。
「今日もまた眠そうだな」
「眠たいのよ。人手が足りないし、だから作業がはかどらない」
 ヒナは一際大きいあくびをかまして、ぱんっ、と手を打った。
「ほら、デリカシーゼロ男。うら若き乙女2人が洗濯するんだから、席外しなさいよ」
 しっしっと手を振る。
「彼氏になんて事を」
「彼氏でも男は男。秋哉の分もやっといてあげるから」
「はいはい。んじゃ、よろしく〜」
「『はい』は1回!」
「は〜い」
 雑誌を丸め肩を叩きながら、秋哉と呼ばれた男は笑って出て行った。
 洗濯機の回る音の中、ヒナがため息を漏らす。
「ごめんね。落ち着いて洗濯できなかったでしょ? デリカシーやら思いやりってもんが皆無な男だからさ」
「たしかに迷惑だったけど」
 言ってから失言に気付く。初対面の人の彼氏に対してこんなこと。
 しかし、ヒナの反応はあっさりしたものだった。
「はははっ!」
 いきなり笑う。
「すっぱり物事言う人だね。そういうあけすけな人、あたし好きだよ」
 満面の笑みで応えた。
「ここら辺に住んでんの?」
 足元に転がっていたデニムボストンを拾い上げると、大量の洗濯物を引っ張り出しながらヒナは聞いた。
「歩いて10分かからないくらい」
 一澄のとなりの洗濯機に、無造作に衣類を放り込む様を眺めつつ答える。
「……詰め込みすぎじゃない?」
 あまりにも放り込みすぎるヒナを見かねて、その手をつかんだ。
「え、そうかな?」
 あからさまに洗濯機からあふれ、容量を超えているのを目の前にきょとん、とヒナ。まともに洗濯したためしがないんじゃ、という考えが頭をよぎる。
「これ、大型だしさ」
 そーゆ問題じゃない。なおも衣類を押し込もうとするヒナを慌てて制止する。
「こんな量、いっぺんに洗えるわけないじゃない。2回に分けなって」
 うんざりしながらも一澄はあふれた洗濯物を引っ張り出し、ヒナに押し付けた。胸元に衣類を抱えた彼女が口を開く前にふたを閉じ、小銭を投入。
「慣れてるね」
「一人暮らし歴はまだ短いけどね」
 それにしても……一澄は、小柄なヒナが抱える洗濯物に目を落とした。
「洗濯物、やたらと多いのね。ちゃんと洗ってる?」
「んー、週に1回、洗うか洗わないか」
「…本気?」
「洗う暇がないんだ。これでも忙しい身なの。えーと、名前聞いていい?」
「御杉一澄」
「一澄は何やってる人?」
 横長のイスに腰掛けて、ヒナが尋ねた。
「フリーター。週5でバイトしてる」
 そのとなりに座り、一澄は答えた。
「へー。学生じゃないんだ?」
「大学行く目的がなかったんだもの。だから高校卒業してすぐ独り暮らしを始めたの。そっちの方が生きがいありそうだし」
「じゃ、18?」
「え?」
「歳」
「あ、歳ね。そ、18」
「同い年だ」
 ヒナの言葉を聞いて一澄は素直に驚いた。てっきり年下かと思っていたのだから。
 こちらの胸中を悟ったらしく、彼女は小さく笑うと、
「18に見えないってよく言われるんだ。幼く見られる」
 眠そうなまぶたをこすった。
「年下かと思ったよ」
「やっぱり」
 にひ――してやったりとばかりに笑うヒナに思わず笑みを誘われる。
「さっき、作業がどうとか言ってたけど」
 気になっていた事を切り出してみた。
「何かやってるの?」
「ああ、あたし、ストリートアーティストやってんだ」
「ストリートアーティスト?」
 初めて聞く単語に一澄は眉をひそめた。
「フリーの芸術家って言えばいいのかな? いろいろあるけどあたしの場合、壁画が得意なの。ピンとこない?」
「うーん、いまいち」
「じゃ、今度その作業場においでよ」
 と、ヒナはポケットから名刺サイズの紙切れを出して渡してくれた。表に『我楼(Ga-Row)』と記され、裏を返すとヒナの名前とケータイ番号、メールアドレス、作業場までの地図がある。
「あたしだけじゃなくて、多方面のストリートアーティストが活動してる所なんだ。興味あったり、ひまな時あったら電話ちょーだい。いい刺激受けられると思うよ」



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