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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第8回 case.1 相原アキラの場合6
「なるほど。今回は炎ですか」
 面白そうに呟くと、ひらりと身体を回転させて拳を避ける。そして、間髪容れずに背後へ回り込んだかと思うと、無防備になったヒサキの背中にそっと手を押し当て、
「火遊びなら私も少々心得てましてね」
 ――静かな爆発が起こった。
「かは……っ!」
 仰け反るように倒れこんだヒサキに光の粒子らしき物体――紅い火の粉が降りかかる。
 能力の一つや二つ持っていそうだとは思っていたが、忌々しくもヒサキと同様の炎使いか。
「いや、」
 深柳が呟く。
「あの苦しみようを見てみろ。同じ炎でも火力の差が違いすぎる」
 激しく咳き込み、肩で息をするヒサキがそこにいた。立ち上がろうとするが、たたらを踏みながら再び膝をつく。
 シロツキといった青年はあの微笑を保ったまま彼女が起き上がることを待っている様子だった。
 尋常じゃない。どうなってんだ。たった一撃でこんなに――。 
 苦しむその姿に俺の顔色は極度に青ざめていたに違いない。
 その時、ヒサキと目がかち合った。光の加減だろうか、そいつの目に違和感を覚えた。それが何なのか分からなかった。何故なら、すぐさまヒサキが視線を逸らし、体を起こしたからだ。
「何よ。ちょっとむせただけじゃない!」
 俺たちの視線が気に障ったらしいが、そんな場合じゃないだろう。
「ま、結構熱かったわ。おかげで一張羅のブレザーがこんなだもんね」
 言いながら脱いだ上着には、こぶし大くらいの焦げ跡が残っていた。
 ネクタイを締めなおしながら、
「面白いじゃない。どっちの炎が強いのか火力勝負しましょ」
 名案とばかりに言い切るヒサキに、シロツキが興味深そうに頷く。
「喜んで」
 緩やかに広げられた両手には、人魂のような紅い炎が燃えていた。その熱気からか、銀髪がゆらゆらと舞う。
 対してヒサキは左袖口を捲り上げ、先ほどより一層燃え上がる炎を腕に巻きつかせていた。
 こんなに離れているっつうのにこっちまで熱が伝わってくるぜ。ひんやりとした風を背中に感じながら俺は、どちらが先に動くのか見守ることにした。
「右腕は使わないんですか?」
 青年の問いに、
「ふっふー。一度漫画みたいな台詞言ってみたかったのよ。あんたは左腕だけで十分ってねぇ!」
 出し抜けに跳躍し、ふわりと舞い降りた先は銀髪野郎の目の前だ。
「あんたって頑丈に作られてるんでしょ?」
 言いながら首を鷲掴みにしたかと思うと、巨大な破裂音と共に翠の閃光が走った。
 おいおい、さっきの爆発音とは比べ物にならないぞ。俺と深柳は唖然としていた。お前のどこにそんな火薬が詰まってんだ。いやそれよりも、首だぜ? あの爆発じゃ吹き飛んでしまっても――、
「ええ。仰るとおりです」
 煙火の中から伸びた腕が、今度はヒサキの首を絞める。徐々に煙が晴れると、そこには清清しい顔をしたシロツキがいた。煤すらも付いていないそいつに、ヒサキが呻いた。
「ちっ……、こんちくしょう」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
 その腕に火の粉が舞い始めたその時、またも轟音。
 だが、それはシロツキの胸辺りで起こった。
「ぐはっ!」
 胸を押さえ、片膝をつくそいつは何が起こったのか分からないといった様子でヒサキを見上げていた。もちろんあの化けもんに分からずして何故俺が理解出来る。
 深柳、解説頼む。
「あの様子から、ヒサキは左腕からしか炎が出せないんじゃないのかと思っていたが、どうやらそれはブラフらしいな」
 すまん、もうちょっと詳しく頼む。無表情に深柳はこちらを向いて、一つ瞬き。
「彼女の能力におけるメインは足だということだ」
 淡々と言うと、再び視線を前方に戻した。
 ああ、なるほど。そういうことか。俺はヒサキの右足から濛々と立ち籠める煙を見てやっと理解することが出来た。
 つまり、あの足で蹴り上げたってことだよな。
 待てよ。シロツキでさえ苦痛に顔を歪めているということは――。
 俺はもしツッコミか何かであいつに蹴られた場合を想像して頭を抱えた。いや、それどころではないのは分かっているが、俺にとっては死活問題なわけで。
 うーむ。 
「あら、お得意のにやけ笑いはドコに行ったの?」
 ヒサキが健康的な八重歯を見せながら、してやったり的な表情で青年を見下ろす。
「さすが、です……ね」
 シロツキが口角を上げ、苦笑を返しながら立ち上がる。その碧眼からは、もはや余裕の色が失われていた。
 と、同時にヒサキがかかとを目の前の土にめり込ませた。
 次の瞬間、派手に地面を爆発させ、その爆風で後退する。って、説明していて思ったが、それって痛くないのか?
「ちょ、ちょっちね」
 無茶すんなって。
「うっさいわねぇ!」
 やらなきゃ良かったといった表情のヒサキに、
「それは余裕というものですか。どうして追撃せずに後退したのか問いたいですね」
 その口調には幾分か苛立ちが混じっていた。しかしヒサキはあっけらかんと、
「あんただって、さっき私が立ち上がるまで待ってたじゃない。さぁ、これで貸し借りは無しよっ」
 沈黙が訪れた。面食らった顔をしていたのは何も銀髪だけじゃない。深柳でさえ、目が点になっているわけで、きっと俺だってそんなツラをしていただろうさ。そんな武士道染みたセリフを吐いていいのは、戦うのが趣味とも言える格闘漫画の主人公くらいだぜ。って、あながち間違ってはいないのか? 
 俺がそんなことを考えていると、くすくすと笑い声が聞こえた。それはシロツキだった。先ほどの優雅な笑みではない。まるで友達に対する微笑を向けながら、
「やっぱり、私はあなたが気に入ってるみたいです」
 ヒサキはというと、にぃっと意味ありげな笑みを浮かべている。
「まったく、変な奴だな」
 そう言い捨てる深柳だったが、口元は緩められていた。まさしく空気が一変したというやつだ。なんだなんだ、この和やかムードは。これではさっきまでの緊張感が台無しじゃないか。
「やれやれ」
 嘆いたはいいが、どうしてだろう。こいつのペースに乗せられると、不思議と楽しい気分になっちまうのは。ハイになるってこういう気持ちなのか。
「さあ、行くわよ!」
 と意気揚々に叫ぶヒサキに、
「どうぞ、どこからでも」
 再び優雅な微笑をつくりながら返す。 
 だが、ヒサキはその場から微動だにせずに深呼吸をすると、やおら右足を持ち上げ始めた。瞬く間に翠炎が纏われる。
「じゃあ、どっからでも」
 ヒサキのツーサイドアップが合図のようにぴょこんと揺れ、かかと落としよろしくその場で一閃。しかし相手とは距離が離れている為、そんなことをしても当たるはずもない。それはまじないか何かなのか?
「まさか――そんなこと、可能なのか」
 珍しくも深柳の声には驚きの色が混ぜられていた。その眼差しの先には、どういった仕組みなのだろう、振り下ろされた軌跡に焔が滞在していた。火の粉を撒き散らしながら輝くそれは、まるでそいつの前方だけ空間がぱっくり裂けちまったようにも見える。
「そう、ぶっ飛ばすのよっ!」
 なんともいい笑顔で叫ぶと、その場で半回転して焔を蹴り飛ばしたではないか。
 なんつー無茶苦茶な。
「わーお、ナイスシュート!」
 ナイスシュート、ねぇ……。ボォッと風切り音を走らせながら、真っ直ぐ青年へと向かう炎を見る限り、確かにこいつのコントロール精度は中々のものだろう。
 だがそいつは軽く体を横に反らすと、それを難なく避けてしまった。もちろん、笑顔現状維持。
「なんで当たらないのよぉ!」
 地団太を踏んで悔しがるが、ヒサキはキッと眼前を睨むと、
「じゃあ、これならっ」
 ダンスのように空を蹴り上げ、次々に現れる焔の軌跡を蹴り飛ばしていく。まさかとは思うがヤケにさえみえるぞ。
「行け、行けー! やっちまいなさい!」
 まさかであって欲しかったが、両腕を振り上げエイヤエイヤと炎に喝を入れているところを見ると、残念ながら完全に頭に血が上ってしまっているようだ。
「はあ、ちょっとこの数は避けきれませんねぇ」
 困りましたねとばかりに銀髪をかきあげると、シロツキの細目が見開かれた。碧眼が比喩などではなくバチバチと奥底から煌めきだしていく。想像してみて欲しい。薄暗闇の中、輝く瞳がゆらゆらと舞う姿を。ちょっとしたホラーだ。
 そしてそれは、もはや人間業ではない動きで(いやはや、人間ではないのだろうが)数多ある焔を避けると、一気に肉薄した。
「来るっ!」
 叫ぶ。蹴りを繰り出すシロツキに対し、極限まで身を屈め、
「この距離ならその眼でも避けられないわよね」
 ヒサキはにやぁと笑うと、組んだ両手を無防備になった青年の腹部へと突き上げた。拳に最大火力が宿っているのが遠目でもわかる。なんせ、巨大な翠炎が螺旋状に巻きついていたんだからな。
「さぁ、私の可愛い炎! この者を灰燼に還してさしあげなさぁいっ!」
 両手を離した瞬間、溜めていた炎が一気に放たれる。
「くっ……ぅ!」
 凄まじい閃光、続いて地面が揺れる程の爆発音が鳴り響く。
 思った以上に威力は凄まじく、こんなに離れていても眩しくて何も見えない状態だ。しばらく目をしばたき、やがて慣れた頃、視界に映ったのは小刻みに肩を揺らして立っているヒサキに昏倒している青年であった。
 勝ったのか?
「……信じられない耐久力だ」
 深柳が忌々しげに言う。見ると、シロツキがよろめきながら体を起こしていた。その険しい表情から察するに相当なダメージを受けたらしい。
「ヒサキ! まだ終わってないぞ!」
 このまま押し切れば勝てる――そう言おうとしたその時、ヒサキの体が痙攣を起こし、そのままネジの切れた人形のようにくたりと倒れこんでしまった。
「お、おい、どうしたんだ」
「ごめん、ちょいギブ、たんま。無理ッス。すいません。白旗バンザイ」
 あらゆる負け宣告を並べ、辛そうに呼吸を荒くする。
 あの一撃に全火力を使ってしまったのだろうヒサキに、俺たちは何も言えなくなった。
 いや、初めての戦いでここまでやってのけたのだ。前例にない快挙だと俺は勝手ながら断言するね。
 そうさ、もう休んでいてくれ。勝てない相手であろうが、腰を抜かしたケジメぐらいつけるさ。
「深柳、こうなったら俺たちであいつを、」
「いいえ、その必要はありません」
 俺の言葉を制したのはシロツキだ。もう彼の瞳は輝いておらず、再び穏やかに細められていた。
「どういうことだ?」
 腑に落ちない様子で訊く深柳。
「言ったはずです、倒すか倒されるかではなく、宿主と判断するかしないかであると」
 ということはつまり?
「彼女を宿主と認めましょう。いいえ、是非とも私を宿らせて頂きたい」
 宿るとかどうとか言っている意味がよくわからんが、これは捕獲成功と捉えていいのだろう。
 そいつは一瞬輝いたかとおもうと、見目美しい銀狐へと姿を変えた。
 慣れとは怖いものでこの光景を見ても、なるほど、正体は狐だったのか。などと素直に納得してしまう辺りそろそろ自分は危ないのだろうかと考えてしまう。それ以前にヒサキや深柳は当たり前のようにこの世界を認めていることが恐ろしいね。
 当然、ゲームなのだからと言われればそれまでだけどさ。
 やがて、いつの間にか手のひらサイズの可愛い子狐へと小型化を果たしたシロツキはヒサキの目の前まで飛んで行くと、ペロペロと顔の煤を舐めた。
「宜しいでしょうか?」
 小首を傾げる。
「うう、なーんかスッキリしないケド」
 悔しそうに顔をしかめていたが、すぐさま極上の笑みで、
「ま、いいや。よろしくね、シロっ」
 ペットを買ってもらったばかりの子供みたいに嬉しそうに、子狐を両手でそっと触れる。それと同時にようやく安堵の波が俺を襲ってくれた。良かった、なんとか捕まえることが出来たみたいだな。一時期はどうなるかと思ったぜ。
 ほっとしたのも、つかの間だった。突然、ヒサキが苦痛の表情でお腹を押さえうつむいたからだ。
「お、おい。しっかりしろっ! どっか怪我でもしたのか?」
 駆け寄り、どうしたらいいのか困惑しているとそいつは力無く首を振り、子狐を頭に乗せた。
「もう、ダメだわ」
 言いながらへなへなと上半身を倒し、
「お腹……ぺこぺこ」
 と呟いたのだった。


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