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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第30回 case.? 特別編 あるクリスマスの物語 参
「あーあ。もうすっかり夜じゃん」


 小銭とレシートを可愛らしい犬さん模様のガマ口財布に押し込みながら、


「どうして、歌ってるとあっという間に時間が過ぎちゃうのかしら。
 ショージキ、歌い足りなかったわ」


 夜空を見上げてそう不満げに口を尖らせるのは言うまでもなく燈咲だった。

 しかし、俺も負けじと口を尖らせて言ってやる。


「あれで歌い足りなかっただと?
 よく言うぜ、ったく。ほとんどお前一人で歌っていたじゃねーか」


 事実として、巨乳お姉さんの打ち出した選曲レシートにはこいつの歌が全体の八割を占めていた。


「ははン。あんた達が選曲に悩んでるから、しょーがなく間を持たせるために曲を入れただけのことじゃん。
 時間を有意義に使ったのよ。褒められはしても、文句を言われる筋合いは無いわね」

「しょーがなくって、嬉々として歌っていただろうが。
 これだけは言っておくが、俺の予約曲を消してまでお前の歌を捻じ込んだ恨みは墓まで持っていくつもりだぞ」


 そいつは俺の抗議にやれやれと肩をすくめて、


「……みみっちぃ男ねぇ。だからアレはちょっとした手違いだって謝ったじゃん」

「謝っただぁ? こつんと頭を叩くふりをして舌を出しながら言ったアレのことかよ」

「そ。『めんごめんご』って謝ったアレよ、アレ。めっちゃプリチーだったでしょ」

  
 あの殺意しかわかないポーズのどこにプリチーな要素が含まれていたのか、
 
 四百字詰め原稿用紙を余すところ無く使って教えてもらいたいものだな。

 特に何故めんごといった死語を使うに至ったかを重点的に。
 
 そんなことを考えていると燈咲がこちらを振り向き、偉そうに腕を組んで、


「なんなら一回五百円でやってあげてもいいわよ」

 
 これまた偉そうに笑顔で言い切った。


「お前は五百円の価値を知らないメキシコ在住のグアダルーペオットセイか。
 そんなくだらないことに貴重な五百円を使うほど頭バグっちゃいねぇよ」

「あら、学生には大金だったかしら。
 やれやれねぇ。お情けで今回は特別にタダでやってあげてもいいわよ」


 そんな同情した眼差しで言われてもよ。


「むしろ、あんたが萌え死ぬまでやったげるわ」


 言うや否やメンゴポーズを繰り出すそいつに、俺はひらひらと手を振って苦笑する。
 
 まったくもって、実にくだらない。そんなもので死ぬワケがないだろう。

 これがラティアみたいな心くすぐる美少女であれば話は別かもしれないが。

 こんな色気の欠片もない火吹き怪獣女じゃあな。

 どんなポーズをとったとしても、無表情を保っていられる自信があるぜ。


「ふうん……。
 ――じゃあ、コレはどうかしら?」

「ははっ、ムダだってムダムダ。
 まぁ、そのチャレンジ精神は買ってやらんでも――」
 

 そこまで言いかけて、俺は苦笑を固めた。

 なぜなら、燈咲が急に上着のブレザーを半脱ぎ状態にして、


「ねぇ。あたしってそんなに魅力がないかしら……?」


 と、緩慢な動きで常盤色のスカートをめくりはじめたからだ。

 な、なんだこの展開は。

 しばし茫然自失としていた俺だったが、男の本能とやらがこの僥倖、逃す手は無いぞとばかりに頭を叩き起こす。

 よくはわからんが、ここで目を逸らしてしまったら男がすたるってものだろう。


「…………ごくり」


 なるほど、これはこれは……中々にどうしたものか。

 鼻の下を伸ばしつつそいつの白い太ももを注視し始めたところで、


「とりゃっ」


 目の前に緑色花火が打ち上がったかと思うと――激痛と共にすぐさま散った。

 それは容赦のヨの字も無い膝蹴りだった。それも爆発(小)という追加効果が付与された恐ろしい膝蹴りである。

 萌え死ぬどころか、燃え死ぬところだったぜなんて、そんなジョークすら言えんほどの大ダメージだ。

 ひりひりと痛む鼻を押さえつつ涙目で見上げる俺に、燈咲はお決まりのえっへんポーズで、


「……バッカバカじゃん」

 
 心底呆れたといった感じの口調。そんな虫けらを見るような目を向けないでくれよ。

 大体、健全な男だったらあんなの誰だって注目しちまうだろうが。

 あとツッコむならもう少し優しくしてくれ。


「え〜? 優しくしてあげたじゃん。
 手加減しなかったら、今頃スカイダイビング中よ。しかも今流行りのパラシュート無しドキワクコースっ」

「んなもん、流行ってたまるか」


 相も変わらず、恐ろしいことを平気で言うヤツだ。

 まったく、こんな可愛げ皆無の凶暴女の誘惑に乗ってしまうなんて俺もどうかしていたな。

 こいつよりもまだ深柳のほうが可愛げあるぜ。
 
 尻についた土をはたきつつそんなことを考えていたが、そこでハッと俺は後ろを振り返った。
 
 先ほどまで涼やかな表情で俺の後ろをついてきていたハズの金髪が見当たらないのだ。
 

「お、おい燈咲! どうしよう、深柳がいない――」


 焦って大声を出した俺の口を塞ぎ、シーッと人差し指を口に当てる燈咲。

 その仕草に疑問符をもって答えていると、ちょいちょいとその人差し指がある方向を指す。

 そこは大きなショッピングモールだった。

 周囲のぼけた街頭の光とは対照的に美しくライトアップされたショーウィンドー。
 
 煌びやかなアクセサリーや洋服が展示されているその窓にちょこんとへばりつく詰襟学生服姿の金髪。

 なんとも不釣合いな光景だな。

 本来ならば俺と燈咲のいさかいをやんわりと調停しているハズの深柳なのだが……。
 
 その役割を放棄してまで一体何を熱心に見ているのだろうか。

 燈咲が俺の肩をトントンとたたいて、


「ねぇねぇ。凛ってば、なにを見てんのかしら?
 男の子ってああいう服とかアクセってキョーミあるの? あたしでもあんましキョーミ無いんだケド」


 ひそひそと訊ねられるが、俺だって興味無いぞ。

 そんなものよりもプレミア付きの絶版中古ゲームや、激レアのキラカードのほうがまだ興味が沸くね。


「はっ。お子様ねぇ」

「うるさい。なら、お前はどうなんだ?
 大人のご意見とやらをきかせてもらおうか」

「あ、あたし? えっと……や、やっぱり服とかアクセサリーに決まってるじゃん。
 そりゃもう高級なヤツ」


 さっき興味が無いとか言っていなかったか? しかも目が泳いでるし。


「うっさいわねっ。そ、それともあたしが服やアクセに興味あっちゃ悪いってぇの?」

「別に。むしろ見た目どおりでつまらないくらいだ」


 そう苦笑した俺に、スッと視線を下げる燈咲。小さく何かを呟いた後、


「……そっか」


 とだけ寂しそうに言う。


「ん。どうした?」

「――なんでもないわよ。それより、凛のところに行ってみましょ。面白そうだわっ」


 すぐさま唇を半円に戻して深柳のもとへ駆けて行く燈咲の後を、俺も慌ててついていく。

 やがて金髪の後ろに陣取った俺たちだったのだが――少しも気づいていないようで、未だに何かを熱心に見ている。

 マジで何を見ているんだろうね。いよいよ気になってきたぞ。

 そいつに倣って展示されているものをひょいっと覗いてみるが、

 やはり並べられているものといえば服やアクセサリー、あとはよくわからん小物だけだ。

 一つだけ興味が沸かないでもないのは、まぁ、くたびれたあの懐中時計あたりか。

 開かれたそれは午後八時半を指していた。というか、俺たちは六時間もアホみたいに歌っていたのか……。

 俺が心の片隅でげんなりとしていると、隣に立っていた燈咲が、
 

「ホント、夢中ね」

「だな。なんか、邪魔したら悪い気がするぞ。
 ウィンドウショッピングしたいって言っていたし、そっとしておいてやるか」

「うん……賛成」


 そんなやり取りをしていると不意に深柳が顔をあげてこちらを向いた。

 長いまつげをパチクリとさせて、不思議そうに俺たちを見上げる。


「?」

 
 寝ぼけ眼でハテナマークを頭上に掲げられても困る。そのマークは俺たちのものだとばかりに、


「凛ってば、どーしたのよ。何をそんなに見てたの?」

「もしかして、欲しいモンでもあるのか?」 


 そうからかい気味に訊ねる俺と燈咲に、深柳はぶんぶんと首を振った。


「べ、別に僕は何も見ていない……っ」


 と、仰られてもねぇ。俺たちは顔を見合わせる。


「だって、夢中で見てたじゃん。別に人の趣味にとやかく言うつもりはないわよ?
 ねぇねぇ、服なの? それともアクセサリーかしら。教えなさいよぅ、このこの〜」


 俺の趣味にはとやかく言ってましたよねとのセリフを吐き出そうとしたが、途中で飲み込んでおく。

 これ以上、大切な鼻を燃やすワケにはいかないからな。予測するにただいまの残り耐久力ゲージ二十%弱。

 次に鼻火攻撃もとい花火攻撃を喰らったら、確実に一生無臭生活を送るハメになってしまうぞ。


「だから、何も見ていないって」


 金髪の慌てた声。

 少し頬を赤らめているのは何故だろうね。というか、珍しいなこいつのこういう感情をあらわにした顔は。


「ふうん?」と燈咲が首を傾げるが、

「……もう時間がないハズ。
 僕のウィンドウショッピングよりも、燈咲の行きたいゲームセンターに行こう」

 
 スッといつもの無表情ヅラに戻ると、すたすたと行ってしまった。


「いつもの凛に戻っちゃったわ」

「謎いな……」

「謎いわね……」


 俺たちは少し残念かもと言い合いつつ、そいつの小さい後ろ姿のあとを追った。
 

***


「ここもダメ」


 深柳が振り返りざまにポツリと言い、燈咲が大げさにため息を吐く、そして俺がすかさずにこめかみを押さえる。

 一連の流れが定着し始めた頃、目の前を歩いていたツーサイドアップが限界だとばかりにへたり込んだ。


「うぅ〜っ、疲れたわ! もう一歩も歩けないわよ、明っ」

「って、俺に言われましても。なんなら、お姫様抱っこでもして運んでやろうか」


 そんな俺の冗談に二つの白いリボンがピクンとおっ立つ。


「へ、変なこと言わないでよ」

「もう一歩も歩けないんだろ?」

「そ、そうは言ったケド、なんていうか、その、恥ずかしいじゃん……」

「俺は別に恥ずかしくないぞ」

「でもでも、あ、あたしって結構重いし……」

「見りゃわかる」

「――っ!」


 キッと俺を見上げた燈咲が口をモゴモゴと動かす。
 
 あ、こりゃヤバイかもと思った瞬間、俺は反射神経をフルブーストで加速させていた。

 首をガクンと左に倒した直後、燃え爆ぜる音とともに火の玉が耳殻を掠める。

 し、死ぬかと思ったぜ……。

 いやはや、それにしても。燈咲さんによる有難くも無い特訓の賜物なのか、自分でも驚きの回避能力だ。

 まさか――これがあの集束とやらだったりしてな。

 そんな俺の淡い期待を、


「んなワケないじゃん、このバカッ!」


 怒声により一蹴される。


「……元気そうでなにより」


 とりあえず俺もそいつの隣に座り込み、シャッターの閉まったゲーセンに恨めし気な視線を飛ばしておく。

 にしても、一体これで何軒目のゲーセンだろうね。

 この世界のゲーセンは夜九時程度で閉店してしまうものなのか。

 ふと視線を深柳へとスライドさせると、微動だにしないせいかそいつの頭上に雪がこんこんと積もっていた。

 それを見て俺は、そういやクリスマスだったなとようやく思い出す。

 ああ、そうか。

 そりゃそうだよな、こんな聖なる夜にゲーセンに行きたいヤツなんてそうそういるものではない。

 なにやってんだかなぁ……。

 俺の深いため息に気づいたのか、燈咲はむくれっ面で、


「わかったわよぅ。もう諦めるから、どっか落ち着いて休めるところへ行きましょっ」


 ぷいっとそっぽを向いた。

 

***



 しばらくして俺たちは、とある公園のベンチに腰を落ち着かせていた。

 すまん、訂正だ。とある『カエル公園』のベンチに腰を落ち着かせていた。

 名前の由来なんざ、訊かなくても解る。

 公園の四方に奇妙に佇むコンクリート製のカエル像。

 でっぷりと肥えたそいつらは、それぞれ緑、青、黄、赤に塗られている。

 手招きする深柳に導かれるがまま来たはいいが、なんでこの公園にしたんだ?

 だから一応こう言っておく。


「なんじゃ、ここは」


 件の偉そうなオブジェを訝しげに見ながら言う俺に、


「公園」


 答えたきり、だんまりを決め込む左隣の金髪。


「じゃなくてさぁ」

「公園」


 深柳の真似をして舌をペロっと出す右隣の茶髪。


「……もういい」

「あらら、凛がイジめるから拗ねちゃったじゃん」


 いや、半分以上はお前のせいなんだけどな。


「つーかさ、休むといったら普通は喫茶店あたりに行くものじゃないのか。
 なにが悲しくてこんな閑散としたつまらん公園に、」

「明」


 セリフが深柳によって遮られる。


「な、なんだよ?」

「ここ、懐かしい気がする」

「懐かしいって――」


 もう一度、公園全体を見てみる。

 小さいブランコ。短い滑り台。狭い砂場。低い雲梯。そんなカラフルな遊具たちに、

 中央の開けっぴろげな公衆トイレ。他といえば、入り口付近に設置されている公衆電話ボックスぐらいか。
 
 公園を囲う木々が極端に少ないためか、なんとも殺風景に感じる。

 普通の公園ならまだしも、こんな特徴的な公園を懐かしいと言うのなら、確実にここに来たことがあるんだろ。

 小さい頃にたまたま立ち寄ったとかさ。

 そこまで考えて俺は待てよ――と踏みとどまる。

 いやいや、ここはゲーム世界だぞ。その線はありえないだろう。 

 しかし、深柳が知ってるということは……。ラティアのあの言動がふと頭を過ぎる。

 『どうして、どうして凛がこんな奴らとまたこの世界に――』

 やはり、過去にこのゲームをプレイしたことがあるのか。深柳は初めてこの世界に来たと言っていたが……。

 むむ。こんがらがってきたぞ。


「僕も混乱している。さっきのカラオケ店から妙な既視感があったし。
 ……燈咲はどう思う?」


 きっと自分にふられるとは思ってもいなかったのだろう燈咲は、目を丸くして、


「え。あたしぃ?
 うーん……。こんなヘンテコな公園、知らないからなんとも言えないわね」


 おさげを指でクルクルしながら肩をすくめる。
 

「そう」


 口元に手を寄せて「う〜ん」と少し唸った後、金髪は頭をポリポリと掻いて、


「ごめん。やっぱりただの気のせいかも。
 ……そうだ、二人とも喉渇かない? 公園に入る前にチラっと自動販売機が見えたんだ」


 そういや歩き回ったもんだから喉がカラカラだ。

 俺と燈咲が「渇いた!」と同時に言うと深柳はクスっと笑って腰を上げた。


「だよね。どんな飲み物がいい? 僕が買ってくるよ」

「俺は、そうだなぁ……暖かい缶コーヒーならなんでもいいや。
 あ、でもブラックは無しの方向で頼む」

「了解。燈咲はどうする?」

「えっとねー。じゃあ、あたしはイチゴ味ならなんでもオッケー!
 無かったら、あたしも明とおんなじコーヒーでいいわ」

「ん。じゃあ、行ってくる」

「おう。わりぃな!」

「ごめんね。次は明に行かせるからっ」

「いや、お前が行け」

「なんでよ、あんたが行きなさいよ」

「やんのかよ」

「やってやろうじゃん」

「やらねーよ」

「やるっていってるでしょ」

「「ぐにににに」」


 俺らが頬のつねり合いバトルを開催し始めて数十秒後のことだ。

 矢庭に燈咲が立ち上がったかと思うと、スカートのポケットからがま口財布を取り出して、


「ああーっ! 凛ってば、お金持ってたっけ!?」

「も、持ってないと思うぞ。お財布係はあたしがやるわつって、お前が全額預かっていただろ」

「そうよね……。ちょっと、凛を探してくるからあんたは大人しくここで待ってなさいよ」

「へいへい」

「へいは一回でよろしいっ」


 ツーサイドアップをぴょこぴょこ揺らしながら走り去って行くそいつの背中を見て一つ苦笑してやる。


「ったく、騒がしいヤツ」

 
 冷えた空気を吸って盛大に吐き出すと、俺は首をコキコキ鳴らして空を見上げた。

 夜空を覆う厚い雲は、休憩しているのか飽きちまったのか、雪の製造をピタッと止めている。

 それにしても、見れば見るほど良く出来た夢世界だな。

 見た目もさることながら冬そのものを再現したこの適度な寒さは、あの夏世界よりも出来が良いと断言出来る。

 まぁ、だからといって『あのゲーム』をこちらの世界でやりたいかと言えば、それはノーだが。

 リアルを追求すればいいってもんでもないからな。

 想像してみてほしい。砂漠のダンジョンに着いたら温風が吹き出し、雪の国にワープすれば冷風が吹き出るというゲーム機を。

 正直、鬱陶しくてやってられんぞ。ちなみに春の町は花粉爆散といった具合だ。

 待てよ。それじゃあ、紅葉の村はどうしようか。これといって当てはまるものが無い気がする。

 焼き芋の香りあたりか? って、香り機能付きだったら、かなり欲しいぞ。

 そんなアホらしい妄想を展開していた俺だったが、ソッコーで限界が訪れる。
  

「つまらん。全然面白くない。……あいつら、どこまで行ったんだよ」


 こんな寂しい想いをするくらいなら、俺も燈咲についていけば良かったぜ。

 そう後悔を始めたそのとき、急に生ぬるい風が俺の頬を撫でた。


「…………?」


 何か違和感を覚えた俺は、シャツの襟を緩めつつ周りを見渡してみた。

 ――すぐさま違和感の正体を突き止める。

 いくらニブい俺でも気付くって。こうもあからさまだとな。


「なんだ、コレは」


 目をこすり、もう一度周囲の木々を注視する。やはり……見間違いでは無いようだ。

 車の往来が隙間から見えるほどの薄っぺらい木々が、今では公園全体を包み込むように生い茂っていやがる。

 外の景色がまったく見えん。辛うじて空が伺える程度――

 一体どうなってるんだよ。こんなに鬱蒼としていなかったハズだぞ。
 
 眉をひそめていると、左の方から小さな金属音が聞こえてきた。

 キィ……キィ……。

 淋しげな音を立てていたのは小さなブランコだった。

 奥のブランコは揺れておらず、手前のブランコだけが揺れている。

 風で揺れているのだろうと考えたいところだが、どうもおかしい。

 なぜならその揺れが段々と勢いを増しているからだ。

 まるで――今まさに誰かが漕いでいるかのような……。
 
 ガサッ。


「!?」

  
 な、なんの音だ?

 驚いて後ろを振り返ると、視界の隅に黒い影らしきものが映った。


「ひ、燈咲か?」


 もしかしたら俺を驚かせようとしているのかもしれない。あいつのやりそうなことだ。

 その影らしきものは、おそらく公衆電話ボックス辺りに移動している。

 電話ボックスに見当をつけた理由は一つだ。

 視線。

 誰かがこちらを見ているかのような不快感があそこから伝わってきやがる。

 いい加減、イタズラにしては度が過ぎているな。

 やれやれと俺はベンチから腰を上げて、公衆電話へと足を――

 サクッ。

 新たな音にビクリと動きを止める。
 
 今度は、なんだよ?

 サクッ、サクッ……。

 土を掘るような音が、ねっとりと耳に絡みつく。

 それは電話ボックスの向かい側にある砂場から聞こえていた。

 燈咲のやつ、いつの間に移動したんだ?
 
 電話ボックスから砂場まではおよそ五メートル程の距離がある。俺に見つからず移動出来るとは思えんが。

 いや。もしかしたら深柳も一枚噛んでたりしてな。燈咲の提案に首肯一つで、「心得た」とか言ってよ。

 二人で俺をからかっているんだ――そうに、違いない。

 俺がゴクリと喉を湿らしたその時だ。

 急に公園全体が赤黒く染まったかと思うと、


「きゃっ、きゃっ、きゃっ、きゃっ、きゃっ、きゃっ」


 例えようにも例えるものが出てこない。金属音のようにも聞こえるし、動物の鳴き声のようにも聞こえる。

 初めて耳にするそんな奇妙な音にひたすら狼狽していると、またあの土を掘り返すような音が俺を苛む。

 サクッ、サクッ、サクッ……。

 やはり、この音は砂場から聞こえるな。

 ……いったい何を掘っているんだろう。

 恐怖心よりも好奇心が勝った俺は、意を決して砂場へ歩を進める。

 カラフルな滑り台つきの小さい砂場。

 そこはスコップやバケツなどといった遊具が散らばってるワケでもなく、なんの変哲も無い砂場だった。

 ん、よく見ると片隅に手のひら大の穴が開いているような。

 アレはこの穴を掘っていた音なのか……?

 なんとなしに、その穴を覗いてみると――


「う、うわぁああああっ!!」


 その中にあったものは数え切れないほどの目玉だった。

 大から小まで様々なタイプの目がぎっしりと詰め込まれている。

 乱雑に抉られたのだろうか、その目玉には黒い血とともに肉の塊がこびりついていた。

 ガクガクと腰を抜かしていると、別方向の隅にまたもう一つの穴を見つけてしまった。

 見たくない。見たくない……。

 だが、そんな俺の思考とは裏腹に体が勝手にその穴へと吸い込まれていく。

 まるで何かが手招きをしているかのような、不思議な感覚。

 誘われるがまま這っていき、おそるおそる穴を覗いてみる――が、何も無い。

 安堵の息を吐いていると、ピリッとした痛みが目に走る。

 瞬きを忘れていた為か、異常に目が乾いていた。


「なんだってんだよ、ちくしょう」

 
 潤す為にギュッと乾いた目を閉じてやる。

 ついでに落ち着く為に深呼吸でもしようかと思ったが、


「……明くん、逃げ、て」


 少女のか弱い声に遮られた。

 この声は確か――


「……メ……く、逃、げて」


「ひぃっ!?」


 目を開け、俺は驚愕と同時に体を引いた。

 数瞬前まで俺の顔があった場所には『手』が伸びていた。

 全ての爪が剥がれた不気味な赤い手。

 穴から伸びたそれは、緩慢な動きで『何か』を探すように指を動かしている。

 まさか……。

 探している『何か』に気付いたとき、俺はその場から全力で走り去っていた。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。


 逃げなきゃ――目を抉られてしまう!


 だが、走れども走れども公園の入り口に辿り着くことが出来ない。

 それならばと木の間をすり抜けても、またあの砂場へと舞い戻ってしまう。

 くそったれ、俺が何をしたってんだよ。もう十分だろ。頼むから俺を帰してくれ。

 そろそろ心臓が悲鳴をあげそうになった頃、唯一ひらけた上空から赤い光が差し込んだ。

 あまりの眩しさに、手をかざして目を細める。


「赤い、月?」


 月を見上げると同時に、チグハグな場面が頭の中を駆け巡る。

 いつぞやの誕生日ケーキにチョップをかます場面、泣きじゃくる妹をあやす場面、近所の猫を撫でている場面。

 一貫性の無いように思えるそれらの場面は、すべて俺の幼少の頃の記憶だった。

 なんでこんなものを思い出しているんだろうね。走馬灯だったってオチは勘弁してもらいたいところだが。

 まったく、どうかしてるな。

 ため息をはきながらゆっくりと顔を下げると、眼前に広がるは再びの公園。

 また戻ってきたのかと嘆くよりも前に、俺は目を見開いていた。

 赤い月のおかげか、先ほどよりも明るく照らされた公園に黒い人影のようなものが見えていたのだ。

 それも五人も。

 ブランコを元気に漕ぐツーサイドアップの子ども。

 雲梯に座って本を読むセミロングの子ども。

 滑り台の頂上で腕を組むロングヘアの子ども。

 そして――砂場でお城を作って遊ぶ二人の子ども。

 それはショートカットの子どもに、ポニーテールの子どもだった。

 顔の無いその子どもたちはそれぞれ楽しそうに公園で遊んでいた。


「…………」


 気が抜けたようにその子ども達を眺めていると、空から赤い雪がひらひらと舞い降りはじめる。

 赤い月に、赤い雪、か。こんなに晴れているのに妙なもんだな。まぁ、妙なのは今更か。

 再び子ども達に目を向けると、ぴょんぴょんとジャンプしながらその粉雪を掴もうとしているではないか。

 雪なんて掴んでも、すぐに溶けてしまうだろうに。

 頬を緩めてその様子を見守る俺のもとに、一人の子どもが駆け寄ってきた。


「もしかして、俺に見せてくれるのか?」

 
 コクコクと頷くロングヘアの子ども。

 影だけだというのに、けっこう意思疎通が出来るものだな。

 そんな感心顔の俺に、その子は手を開いて見せる。

 大事そうに手の中に仕舞い込まれていたのは、雪ではなく――青い光の玉だった。

 光り輝くそれはフワッと浮かぶと、大きく回転しながら空へと駆け上る。

 それが合図になったのか、他の子どもたちもそれぞれ掴んだ雪を空へと放つ。

 赤い玉、緑の玉、橙の玉、黄の玉、紫の玉、藍の玉。

 七色の光が空中で絡み合い、やがて綺麗な虹の架け橋が生まれた。

 こりゃ、たまげたな。どういった仕組みになっているんだろう。

 神秘的なアーチにあんぐりと口を開けていた俺だったが、ふと子どもたちとは違う人影に気付く。

 誰か、俺の他にも居るのか?


「…………」


 見やると、そこには悲しげな表情の燈咲が立っていた。

 そいつは虹を見上げながら、たなびく髪の毛を押さえている。

 そしてその左向こうには深柳がちょこんと座っていた。

 こちらも樹に寄りかかりながら寂しそうな視線を虹へと飛ばしている。

 声をかけようと試みるが、儚げな雰囲気にどうも憚られる。

 触れたら壊れてしまいそうな二人を見て、俺は痛いくらいに唇をギュッと噛んだ。

 どうして――

 こんなに美しい虹なのに、どうしてお前たちはそんな表情をするんだよ――


「なぁ、どうしてだよ……?」


 そいつらのもとへと足を踏み出した瞬間、世界が崩壊をはじめた。

 最悪のタイミングだ。いつもだ、いつもここで……。

 一瞬ノイズのようなものが走ったかと思うと、白黒の世界へと色を失くし、そして崩れ行く。

 俺の体が砂となって吹き飛ぶ寸前、


「私を、信じて」


 優しい少女の声が響いた。



***



 叩きつけるような雨音が耳朶を打つ。

 その耳障りな雨音に混じって遠雷が鳴り響いた時、俺はそっと目を開けた。


「……かもしれないわね」


 右からヒサキの声が聞こえる。


「ピースが……と、すれば」


 左からは深柳の声。一体こいつらは何を話しているんだろうか。

 まぁ、俺には関係ないか。とにかく、今は眠い。もうしばらくの間でいい、まどろませてくれ。

 結局、俺はまどろむどころか気持ち良く爆睡を決めることになった。



 あの『ヒサルキゲーム』が待ち受けているとも知らずに――



 The Hisaruki Game

 特別編 ―あるクリスマスの物語― 完


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