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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第24回 24
 夕暮れに差し掛かかる頃、俺とヒサキは斜陽に照らされたゲームセンターの前に無言で立ち尽くしていた。
 お互い喋る気力もないといったオーラを飛ばしあっている。
 さて。どこまで遡ろうか。
 確か小高い丘に建つ我らがアジトを意気揚々と出発した時点では、まだお天道様の慈愛に満ちた日差しが俺たちを暑苦しい程に向かえていたハズだ。
 だが、閑静な住宅街を抜け終えた辺り、正確には商店街の中程だったか。
 急に立ち止まったヒサキから衝撃的な発言が飛び出した。
「あんれぇ? おっかしいわねぇ。この道、何度目かしら」
 聞いた瞬間の俺の暗澹たる気分といったらそりゃあもう。腰に鉛がぶら下がったかのような疲労感に襲われたものさ。
 結局のところ、どこに建っていたのか。
 なんてことはない。いつぞや、俺たちがカレーの材料を買い込んだデパートのすぐ裏手側にそれはあったのだ。そりゃ立ち尽くしたくもなる。
 やれやれ、と俺は寂寥の橙に照らされたゲーセンの看板を見上げ、
「ヒサキ。お前、時計持ってないか?」
 あれから何時間が経過したのだろう。
 家の迷路も含め、なんだか今日は一週間分は歩いた気がするぞ。
「な、なによ。言いたいことあるんならハッキリ言いなさいよね……」
 発言自体は普段の勝ち気娘だが、その背中はすっかりしょげきっている。イヤミの一つでも言ってやろうかと思っていたが、そんな姿を見せられてしまっては何も言えん。
 先客としてこの島に足を踏み入れていたこいつならばと、ナビ役を任せたのだが。まさか、ここまで致命的な方向音痴だったとはな。少し意外である。
 だったら代われば良かったんじゃないのかって? あいにくだが地図が記載されているのはヒサキのチケットだけであり、それを奪取しようと試みたところに繰り出された後ろ蹴りによって、即座に涼やかなる諦念お兄さんへとチェンジだ。
 こいつがなにをムキになってるのかは知らんが、触らぬ神塚になんとやらってやつさ。
 ヒサキは手に持ったチケットの裏をむくれ面で眺め、
「大体さー。この地図が大雑把すぎるのよ。目印らしい目印はないわ、字も小さくて汚いわだし。こんな不親切な地図だもん、迷うのだって当たり前じゃない!」
 今にも火を噴出しかねん勢いで捲し立てる。
「いまさら言ってどうなる。無事着いたんだから良しとしようぜ。ほれほれ、行くならとっとと行く。入らないならもう帰るぞ」
 そいつのおさげをクイっと一つ引っ張ってやる。
「入るに決まってるじゃん。バーカ!」
 俺の手を払いのけ、ドカドカと入店するヒサキ。
 悄然といった様子は何処へやら。中に入った彼女は楽しそうに店内を見て回っている。
 なかなかどうして。あの怪獣娘の扱いにも慣れてきたもんだと腕を組みながらしんみり頷いていると、ヒサキがガラス越しにジェスチャーを始めた。
 なになに。私はここで遊んでいくからあんたはもう帰っていいわよ、か。
 ほほう。そりゃありがたい。すぐさまオーケイサインを出し、鼻歌交じりに回れ右を決め込んだ俺に、
「さっさとあんたも、」
 怒涛の勢いとばかりに走ってきたヒサキに、
「来なさいってぇ事よっ!」
 ガシッと襟首を掴まれた。

***

 入り口すぐに立っていた、やけにガタイの良い店員にチケットを渡し、俺たちはようやく店内に足を踏み入れることになったのだが。
「だーれも居ないじゃん。まるで貸切みたいね。ラッキー!」そんなヒサキの喜びように、
「ラッキーだかクッキーだか知らんが、経営的に大丈夫なのかここは」
 狭小な店内は薄暗く、耳を澄ませば閑古鳥のさえずりなどが聞こえてきそうな雰囲気だ。申し訳程度に設置されている筐体機から聞こえてくるゲーム音もいささか控えめである。時折、沈殿した冷気が寝返りをうつかのように俺の足首を撫でやがる。こそばゆいな。
「Dランク……いや、Eランクといったところか」
 いくらオープンしたてとはいえ、これはどうかと思うぜ。見渡してみるが、マジで俺らしかいねえ。
「ふむ。ビデオゲーム筐体が少しに、後はUFOキャッチャーのみか。せめてレースゲームくらいあれば良かったのだが。やはりFランクに格下げだな」
 そう値踏みする俺の横で、
「それだけあれば十分遊べるじゃん。はい、コレ!」
 すっかり、いつものご機嫌さんに戻ったヒサキからコインケースを押し付けられた。
「なんだこれ」
 透明なライトグリーンの奥に数枚の硬貨が入っている。百円玉か?
「あんたのお小遣いよ。無駄使いしたら燃やすから」
 ゲーセンで無駄使いするなとは、ラーメン屋で座禅組んでろと言ってるようなもんだろ。
「じゃあ、そこのマットで座禅組んでなさいよ」
「……大切に使わせてもらいます」
 素直でよろしいっ、と腰に両手を当てるヒサキの笑顔を見ながら、俺はいつか観たワンコインサラリーマンなる特集を思い出していた。
「どいた、どいたっ」
 そいつは哀愁漂わす俺の背中を乱暴に押しのけ、
「さーて、なにをやろうかしらねーっと。あ、これなんていいわね」
 ある筐体機の前に腰を下ろした。どれどれと覗き込む。
「お前、格闘ゲームなんてやるのか?」
「そ。意外でしょ」
 まったくもってイメージ通りだけどな。
「ふふん。このシリーズはかなりやり込んでいるのよね。これは大分前の旧作だけど、いまだにコンボ覚えてるもん」
 ヒサキの頭頂部を見下ろしながら、
「へぇ……。そりゃあ、すごいな」
 俺の凄まじい興味のなさっぷりがバレたのか、(これでもかなり頑張った方だぞ)
 ヒサキは振り向くとにんまり気味にこう言った。
「ちょっとアキラ。あっちの台に行って、あたしに乱入しなさい」
 乱入?
「対戦するってこと」
「む。それくらい知っているが、俺はこのゲームやったことないぜ」
「だからよ。ボコボコにしてあげるって言ってんのっ!」
 何てことを言いやがる。近くに初心者イジメ反対と書かれたプラカードでも落ちていないものかね。探すフリでもしようかと首をひん曲げた俺の視界にあるモノが映った。
「あら?」とヒサキも気付いた様子で小さな声をあげる。
 俺たちの後方、一メートルにも満たない距離にいつの間にか一人の少女が立っていたのだ。
 白いワンピースにビーチサンダルといった前時代的な夏の出で立ちに、麦わら帽子を目深にかぶっている。
「君、一人?」
 ヒサキの問いに、コクンと首肯。
「もしかして、パパやママとはぐれたのか?」
 長い髪を舞わせながら首を振る。否定の動作だ。
「なら、」と言いかけたヒサキを遮るかのように、
「ゲームしよ」
 少女は小さな声で、だがハッキリと言った。
「ゲームって何を……」
 面食らった様子のヒサキに、顔の見えない麦わら少女はフフッと笑って、
「それ」
 後ろで組んでいた手を放し、ゆっくりとヒサキを指差す。
「――やるよね?」
 その瞬間、俺は確かに見た。ヒサキが目を見開き、驚愕の表情へと移り変わっていく様を。
「おい、ヒサキ。どうした?」
 俺の声が届いていないのか、そいつは何やら小声で呟き始めた。
 なにか様子がおかしい。俺はやや強めにヒサキの肩を揺さぶった。
「おいってば!」
「えっ、あ……ごめん」
 顔を上げたヒサキの額には汗が滲んでいた。
「ふうん。面白いじゃん。やってやるわよ」
 そいつは声色低くそう言うと、筐体機に向き直った。
 なんのスイッチが入ったのかは知らんが、相手は子どもだぞ。
「はは。こいつ大人げないからさ」
 振り向いた先に、少女の姿はなかった。テレポーテーション? んなわけないって。

***

 あいつらが対戦に勤しんでいる間、手持ちぶさたとなった俺はUFOキャッチャーの前に陣取っていた。
 観戦するといった選択肢もあったのだが、よく分からんゲームを眺めていてもつまらないだけだ。それにせっかくもらった小遣いだ。いつ何時、気の変わっちまったヒサキによって没収されてしまうか分かったもんじゃない。使えるときに使っちまおう。
 俺はコイン投入口付近に百円玉を積み上げ、景品を品定めすることにした。タイプとしてはアームでそのまま景品を掴み取るといったよくあるパターンのやつだ。
 中にはキーホルダー形式の小さなぬいぐるみが乱雑にばら撒かれているのだが、それがなんとたったの三種類しかない。
 普段行くゲーセンだったら、これの何倍もバラエティに富んでいるぞ。などと、文句を言うだけ無駄ってなワケで。ならば、この三種類の中のどれを狙おうかという話になる。
 その三種類だが。これがまたビミョーなラインナップなのだ。
 まずその一に、海賊よろしく眼帯をしたイヌ。続いてその二に、右手に木の棒を持ったサル。そして最後に、左翼に包帯を巻いたキジといった具合である。元ネタは桃太郎なのかね。全くと言っていいほど原型を留めていないが。
 さて。どれを選ぼうか。というより、どれでもいいな。強いて狙うとするのならば、掴みやすそうなサル辺りか?
 とにもかくにも。やってみるしかない。百円玉を投入し、ガラスケースへと顔を張り付かせる。まずは横移動だ。
「目標をセンターに入れて、」
 アームの爪と爪の先を小さな点とし、サルの腰辺り中心部分へとそれを重ねるようにイメージする。
「ポチっとな」
 ぐらぐらと揺れながら移動するアームがぎこちなく止まる。少し右寄りにズレてしまったが、なんとか誤差範囲内だ。
 しかしながら問題は、次の奥移動操作である。この攻略法だが――
「ここからは完全に運頼りだ」
 すまん。早々に俺の限界が訪れてしまったようだ。ま、横軸だけ合っていれば、意外となんとかなるもんだって。
 ささやかな抵抗としてガラス脇へと上体をずらし、横から距離を伺う。こんなもんか。ボタンを離すと、アームは緩やかに下降し、そして景品を引き上げる。って、引き上げる?
 マジかよ。本当に取れちまったぞ。
 年甲斐もなく込み上げてくる感動をなんとか押しやり、俺は景品口に手を伸ばした。
「ふむ。予定とは違ったが、こいつも中々可愛い顔をしてやがる」
 よし、さっそくだがヒサキの奴に自慢しに行こう。悪いが今は、全力で少年の心が俺を支配している。

***

 てなわけで、ヒサキの元にやって来たまではいいのだが。
 なんだ、このどんよりとしたお通夜ムードは。
 真っ白に燃え尽きたぜ、と言わんばかりの背中にどう声をかければいいのやら。
「おーい。大丈夫かぁ?」
 がっくりと頭を垂らすヒサキから返答はない。まぁ、そりゃあなぁ……。
 俺はヒサキのプレイしていたゲーム筐体機、画面左上に視線をやった。そこには二つ並んだゼロが忙しなく点滅している。つまるところのそれは、ヒサキの全敗を意味していた。
「そんなに気を落とすなよ。相手は小学生チャンピオンだったのかもしれないぜ。もしくはプロゲーマーとかさ」
 ヒサキのおさげをピョコピョコといじりながら言ってやる。
「うっさい。気休めはやめてよね……」
 おいおい。まさかとは思ったが、こいつ本気でショックを受けてやがる。たかだかゲームに負けたくらいでそこまで、なんて言えない雰囲気だよな。
 まったく、しょうがない。
 俺は俯いたまま微動だにしないヒサキの傍らに腰を下ろすと、ポケットから先ほど獲得した景品を取り出した。
「ほら、やるよ」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはよく言ったものだ。そいつは今にもクルックーと鳴きそうな顔でそれを受け取ると、
「何よ。これ」
 見て分からんのか。ぬいぐるみだ。おまけにキーホルダーにもなる優れものだぞ。
 そいつは憮然とした様子で鼻を鳴らし、
「ふんっ。汚いぬいぐるみね」
「なんだと。だったら返せ」
 こいつ。せっかくの人の厚意をなんだと思ってやがる。取り返そうと手を伸ばすが、ひょいっと簡単にすり抜けられた。
「ま。しょーがないから貰ってあげるっ」
 立ち上がったヒサキはスカートを翻して俺に背を向ける。
 そして俯く。
「なんだよ。まだ負けたこと気にしてんのか」
 どっかの本で読んだが、こういったプライドの高い奴ほど傷つきやすいって本当なのかもな。
 しばらくそっとしておいてやるべきか――。そう、イスに腰掛けようとしたその時だった。
「時間よ。あなた達」
 なんだぁ? と、背後を見る間もなく、なにやら布状のものを被せられる。
「っうぐ!?」
「手荒な真似はしたくないわ。お願いだから暴れないでちょうだい」
 ひどく聞き覚えのある声がした。
「せ、先生、ですよね。今度は何の真似です……?」
 そろそろ冗談じゃ済まされないと思うのですが。つーか、もうちょっと力を緩めてくれませんか。い、息が出来ん。
「それだけ悪態がつけるのなら大丈夫よ。――こちらミヤコ。これより被験者を確保する」
 四方から不揃いな足音が集まってくる。一体なんなんだよ。何が起きてるんだよ。
「寄ってたかって、ぞろぞろと……」
 ヒサキの吐き捨てるような呟きが聞こえた。そうだ、こいつだったら。
「ヒサキ、炎だ。いつものお前の炎でこいつらをなんとかしてくれっ!」
 叫んだ瞬間、バチッと火花の散る音がした。同時に、首に激痛が走る。
「安心なさい。死なない程度に電圧は弱めてあるわ」
「ど、どうして、こんなことを」
 情けないことに、この現実的な痛みによって俺はようやく理解することになった。
 そう。これは俺の想像を遥かに超える最悪の事態だ。今頃になってこの事態に気づいたバカな自分を嘲け飛ばしたいところだが、どうやら早くもタイムリミットの時が近づいてきたらしい。
 目の前に靄がかかり、急激に睡魔が襲ってくる。
 そして薄れゆく意識の中、おぼろげにヒサキの声が聞こえてきた。

「もう失敗は許されない。今度こそ、今度こそ私は――」
 

 The hisaruki game


 ―あるゲームの物語編― 完


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