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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第23回 23
 風呂から上がり居間に戻ると、先生が料理を用意して待っていた。
 先ほどの軍服姿ではなく、出逢った直後と同様の着物美人スタイルに戻った彼女は、頬に手を当て、
「あらぁ、ヒサキちゃんは一緒じゃないの?」
 物腰柔らかな口調が今ではどこか空空しく聞こえる。
「え、ええ……。先に上がったハズですが。まだ来てないんですか?」
「そうなのよねぇ。お散歩でもしているのかしら。しょうがないわ、先にあなた達だけで朝ご飯食べちゃいましょう」
 あなた達って、こいつのことか。未だ頭上占拠中の使い魔を見上げると、
「ばーろぉい、オレは少食主義なの。それに毒盛られたりしちゃあ、かなわねえからな。わりぃけどオレもちょっくら散歩してくるぜ。風呂入った後は体動かさねーと」
 けけっと笑いながら降りると、そいつはしなやかな尻尾をくねらせながら部屋を後にした。
「げ、元気な子猫ちゃんねぇ。ホホホ」
 ピクッと先生の額に青筋が浮かんだように見えたのは、多分気のせいじゃないだろう。
「……アキラ、おはよう」
 クロエと入れ替わりに寝ぼけ眼の金髪少年が入ってきたわけだが。なんだその珍妙なマントは。というより、大きさから言えば外套と呼んだほうが正しいのか。
 俺の眉が寄ったのを見てとったのか、
「ああ、これか。先生が羽織るようにってくれたんだ。に、似合うか?」
 くるんと一回転、小柄な深柳をすっぽりと包む白いそれを翻し、照れくさそうに頬をかく。
「似合う似合わないで言ったら、それはもうどこぞの科学忍者ばりに似合うが。それより深柳、お前大丈夫なのかよ?」
 新しい装備を手に入れたなどと喜んでいる場合じゃないだろ。
 意外に元気そうでなによりではあるけどさ。
「……」
 俺の疑問に三点リーダが答える。長い睫毛を伏せ、俯く金髪。
 僅かな沈黙の後、先生が俺たちの肩を軽く叩き、
「ほらほらぁ、冷めちゃうと美味しくなくなるわ。お話は後よん」
 その言葉に俺たちの腹の虫が仲良く鳴き声をあげた。

***

 カチャカチャと食器の触れる音だけが聞こえる。
 まいったな。先の奇妙な集束について話すタイミングを完全に見失った。
 こんな時に限って橋渡し役である先生は、「あらあらまぁまぁ、大変。洗濯物をしまい忘れたわ」とおおげさにも慌ただしく出て行ってしまっている。
 さて、どうしよう。何か話題はないか。
 焦燥感に駆られた俺は苦肉の策に出ることにする。名付けて休日の親父作戦だ。
「深柳、学校は楽しいか」
「……」
「勉強は辛いか」
「……」
「そうだ、醤油とってくれないか」
「ほら」
「だんだん若い頃の母さんに似てきたな。目元なんてソックリだぞ」
「……」
「おっとすまん、ソースも頼む」
「ん」
 受け取った醤油とソースを睨みつつ、とりあえずから揚げにドボドボとかけた俺は、
「しょっぱいぞ深柳ぃ」
 頬張りながら訴えかける事にした。
「……何がしたい」
 俺だってわからん。
「ふふっ」
 薄く微笑んだ深柳は、丁寧に割った小さなハンバーグのかけらをひょいっと口に運びながら、
「そういえばヒサキは?」
「さあな。先に部屋に戻るって言ってたんだけどな」
「そうか」
 箸を置き、金髪は俺の顔を真正面から見据えた。
「少し話がしたい。おかしいと笑われるかもしれないが、でも真剣に聞いて欲しい」
 安心しろ。大抵のことには驚かない自信があるぞ。
「あの日の夜、刻刻の鐘が鳴った瞬間。覚えてる?」
「ああ。お前の眼が赤く光っていたっけな。そりゃもう気味が悪い程に」
「……言ってくれる」
 深柳はマントの裾を強く握りしめながら、視線を彷徨わせた後、
「あの瞬間、比喩などではなく目の前が赤く染まったんだ。見る景色全てが真っ赤に、ね。何が起きたのかわからずに混乱していると、いきなりオルゴールの音が聞こえてきた。それは不協和音のようで、どこか聴き覚えのある、懐かしいメロディだった」
 俺は静かに麦茶を飲んだ。
「その旋律を聴くうちに、何かが自分の中で広がっていく感じがしたんだ。上手く言葉では言い表せないが、どす黒い塊のような、とても禍々しい闇のようなそんな得体の知れない何かが僕を包み込んでいった。だけど不思議とイヤな気分はしなかった。そしてその旋律が終盤を迎えた頃、ある一人の女性が僕の頭の中に現れたんだ。僕はその人を無意識の内にヒサルキ様と呼んでいた」
 ヒサルキ? なんだそりゃ。初めてきいたぞ。
「僕もだ。今思えば、どうしてその名が浮かんだのか不思議でならない。でもあの瞬間はただただ彼女の恵みの言葉に耳を傾けていた」
 恵みの言葉ときたか。
「具体的にそのヒサルキ様とやらはなんて言っていたんだ?」
 ぐいっと水を呷った深柳は顔を曇らせ、
「それが何も覚えていないんだ。彼女と何を話していたのか、それとその間に僕が何を言ったのか。気付いた時には既にヒサキに押さえつけられていた……」
 ヒサキは深柳が何者かに取り憑かれていたと言っていたな。
 ならば、あの時のお前の発言はそのヒサルキ様が言わせたとでも?
「恐らくは」
 なんだそりゃ。
 俺は指をこめかみに当てながら、
「で、それを聞いてどうリアクションを取ればいい」
「十分だよ。ただ聞いてもらえればそれでよかったから。……アキラ、ごめん」
 頭を下げた少年は、申し訳なさそうに続けた。
「覚えてないとはいえ、暴れた際に君達を傷つけてしまったかもしれない」
「自慢じゃないが、そん時にゃ絶賛気絶中だったぞ。何度目かは忘れちまったがな」
 俺は食べ終えた食器を重ねながら、
「だから別に俺は大丈夫だけどさ。大変だったのはヒサキの奴だと思うぜ。お前を食い止めたのはあいつだし」
「ヒサキ、か」
 そう憂いを込めた呟きに、俺は片付ける手を止めた。
「どうした?」
「その……彼女、泣いていたんだ。らしくもなく」
「なっ!」
 大抵のことには驚かないと先程高らかに宣言した俺だったが、いやはやだってあの勝ち気娘がだぜ。想像つかん。
 怒ってるツラや火を噴いてる姿なら容易に思い浮かぶんだが。
「そ、そんなに驚いたら失礼だよ」
 深柳は困ったように笑った後、ふと真顔になった。
「彼女、暴れる僕を押さえながら、ずっと謝っていたんだ。ごめんねごめんねって何度も。そんなヒサキの涙声を聞いてるうちに徐々に集束が静まっていった……」
「どういうこった。なんでヒサキが謝る?」
 金髪は解らないと首を振った。
「なにもかも解らない。意味不明だよ、このゲーム」
「だが、あの眼のお前、色々と知ってそうだったぜ。刻刻っつう造語やら、このゲームの正体、」
 そこまで言いかけ、俺はあることを思い出した。そういえば、あるゲームの物語ではなくこれは『ヒサルキゲーム』だとか言ってなかったか。
「ヒサルキ、ゲーム……そう僕が言ったのか?」
「ああ、うろ覚えだが。確か、鐘の鳴った夜明けに本当のゲームが始まるとも言っていたな」
「そんなもの説明書に書いていなかったが……」
 と口元に手を当て、なにやら真剣な表情で考え込み始める。
 あまりにぶっとんだ話すぎる為か、イマイチ緊迫感に欠いた俺は茶を飲むフリをしつつ、そいつの思案する横顔を盗み見ることにした。
 深柳リン。ヒサキに次いで仲間となった華奢で小柄な少年だ。眉目清秀な白面顔にさらさらのブロンド、そして切れ長の黒曜眼。
 一見少女と見紛うような、といったよくある一文はこいつみたいなヤツを指して言うのだろう。
 確か、こいつの能力は、のたうち狂うことの血の植物といったっけか。不気味極まりない名称だ。
 名も然る事ながら、能力自体もオカルトチックだったな。なんせ腕の傷口からワラワラと無数の触手が生えてくるんだぞ? 思い出しただけでもゾッとするぜ。
 しっかし見れば見るほど綺麗な顔してやがる。本当に男かこいつ。
 うーむと唸りつつ熟視していると、深柳の頬がほんのりと赤く染まった。
「……どうでもいいけど、さっきから声が漏れてる」
 ジト目で睨みつけられた。
「こりゃまた失敬」
 と両手を小さく上げ、肩をすくめた俺に、
「言っておくが、僕にそんな趣味はないからな。汚らわしい」
 ぷいっとそっぽを向きやがった。俺だってねーよ。
「あーら、それはどうかしらねぇ。わかったもんじゃないわよ、リン」
 いやに清涼感たっぷりの笑顔をしたヒサキが入り口に寄り掛かるようにして立っていた。
「お前なぁ、どこ行ってたんだよ」
 ヒサキは敷かれた座布団にとすんと腰を降ろして、
「散歩よ散歩。はぁ、お腹空いちゃった」
「ヒサキの分、とっくに冷めてる。先生に言って暖めなおしてもらえば?」と深柳。
「ふっふー。心配には及ばないわ」
 そう言うと、ざっくりめに割ったハンバーグのかけらに息を吹きかけた。
 見る見る間に湯気が上がっていく様を見ながら、なるほどって思ったね。
「まったく便利な能力だね」
 深柳がやや呆れた口調で言う。
「でっしょー」
 程なくしてぺロリと平らげたヒサキは、
「じゃっじゃーん。これなーんだ」
 ブレザーのポケットから得意げに取り出したのは三枚の古びた紙切れだった。
「なに、これ」
 受け取った深柳が首を傾げる。続いて配られた俺もそれに倣う。
「ゲームセンターのチケットよ。商店街沿いに新しくオープンしたんですって。さっきお散歩してたらこれを貰ったの」
 誰にだよ。
 ヒサキはふふんと髪をかきあげながら、
「ジョギング中のおじいちゃんよ。なんか、私が死んだ奥さんに似ていたんですって。ありがたやありがたやって言ってくれたわ。たくさん拝まれちゃった」
 そりゃ、なんというべきか。ツッコミ所に困るな。
「どうしておじいさんがゲームセンターのチケットなんかを?」
 訝しむように訊く深柳に、
「さぁね。新聞の折込にでも入ってたんじゃないの。てーか、そんなことどうでもいいの! ほら、行くわよ」
 行くってどこに?
「ゲームセンター」
 誰と?
「みんなでに決まってるじゃん。行かなきゃそんそん!」
 ヒサキの極上の笑みが振りまかれる。グロスフスMG42よろしく乱射されるキラキラ星を手で払いのけつつ、俺は深柳と顔を見合わせた。
 なにが悲しくてゲーム世界に来てまでゲーセンに足を運ばなければならんのだ。資金稼ぎのミニゲームを兼ねてというのならば話は別だが。
 どうせならこのゲームのストーリーをちゃっちゃか進めちまおうぜ。
 そう進言しようと口を開きかけたとき、
「僕はパスさせてもらう。行くなら二人で楽しんできてくれ」
 から揚げに醤油とソースをちょびっとずつ交互に垂らしながら深柳がサラリと断った。
「ええー! つれないわね、どうしてよぅ」
 憤懣やる方ないといったふくれっ面のヒサキに、
「すまないが、どうしても気になることがあるんだ」
 最後のそれを口に放り込むと、
「……しょっぱいな」
 ふと、どこかうら悲しい微笑を浮かべた。


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