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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第22回 9/20修正
 程なくして、俺達は風呂場へと案内された。意外にも先ほどの暗室からそう遠くはなく、数分もせずに辿り着いたワケだが。
「すっげぇ……」
 つい声を漏らしてしまった。浴槽自体は無骨な石造りの小さなものだが、その眺望の素晴らしさと言ったら瞠目必至だ。
 なんせ、見上げればまさに夏と言わんばかりの入道雲とコンビを組む紺碧の空に、続いて目の前に広がるは、燦々たる陽光と戯れるエメラルド海岸ときたもんだ。そりゃいくら鈍感なヤロウだって感動するさ。
 今にも賛嘆として万歳などという陳腐な感情表現に出たいものだが、なんともはや困った事に黒猫を抱いている為そのような行動を取れない――と、思っていた矢先にそいつはするっと俺の腕から飛び出し、
「うっひょー! 一番風呂いただきだぜっ」
 と風呂にダイブしやがった。
 人がせっかく無い知恵絞って賛辞を呈しているというのに勝手なヤツだ。
「アキラも、んなところに突っ立ってねーで、とっとと服脱いでこっち来いって。めちゃんこ気持ちいいぜえ」
 へいへい。露骨に溜息をついてやる。
「あらあらぁ。とっても仲良しさんなのね」
 背後から先生のノンビリとした声を受けて俺は再度溜息をつく。
 そう仰られましても。これのどこが仲良しなんですか。
「ふふっ。あの子猫ちゃんとアキラ君が合うか少し心配していたんだけど、どうやら私の杞憂だったようね。それじゃあ、着替えとタオルはそこのロッカーに入っているから、ゆっくり疲れを癒していってちょうだい」
 ありがとうございます、そう言い掛け、
「貴方は何も聞いていなかった」
 突如、先生の声色が変わった。怖気を感じ、振り向こうとしたが肩を掴まれ、その行動は阻止される。
「あなたは、なにも、きいていなかった」
 グッと肩に力が入る。そっとやさしく置かれた先生の手から体温が伝わり、
「――この意味わかるわね? アキラ君」
 耳元に柔らかな吐息がかかる。
「お互い忘れましょう。せっかくまだ楽しい時間が残されているんだもの……」
 そう寂しそうに囁くと、フッと肩が軽くなった。
「先生……?」
 振り返るが、既に先生の姿は消えていた。

***

 もし、相応しい造語は何かと尋ねられたのならば、それは猫かきとでも答えるべきか。
 黒猫はすいすいと器用に湯船を泳ぎ回り、俺はそいつのバタ足によって生じた水しぶきを顔面で受け止めつつ、一々タオルで拭うといった非生産的なサイクルを繰り返す。
 ぐったりと疲れきった体を癒す暇もなければ先生の不可解な言動について思案する余裕もない。
 水しぶきを浴びる度に増加してゆく我慢なりませんゲージがやっとこさ満タンまでたまったところで、
「ほれ。いい加減にしなさい」
 遊泳に耽溺する黒猫の首根っこをつかまえる。
「あにすんだよっ!」
「お前なぁ。風呂は泳ぐ場所じゃないぞ。それに、湯船に入っていいのはまず体を洗ってからだ」
 俺の注意に、そいつは頬を膨らませながら、
「おめーは保育士さんかよ」
「そうさせているのは誰だ。いいか。離したら、即時洗い場へと直行しなさい」
「だぁ、わーったから離せっ!」
 まったく手のかかる猫だ。ぱっと手を離すと、そいつは宙返り一つに浮遊する。そして、闇色の霧がクロエを包み始め……って、待てよ。
 そういえば、コイツの人型は――
「ちょ、ちょっと待て! 化けるな、」
 だが俺の制止も虚しく、
「あん?」
 クロエは人間の姿へと化けてしまった。諸君、もう一度だけ言うぞ。
 人の姿へ化けてしまったのだ。先生より一回りも二回りもたわわに実ってしまったそれを目に焼き付けるでもなく、俺はただただ周章狼狽するのみといったワケで。
「バカ、お前なにやってんだ! はやく猫に戻れって」
 そいつは、えっへんポーズのまま眉間に皺を寄せ、
「なにって、体洗えっつーから、化けたんじゃねーか。猫モードじゃ色々と手届かねぇし。……つーか、あに慌ててんだ?」
 俺もごくごく一般的な男だからな。そりゃ、慌てもするっつーの。この状況でノンキにしていられる野郎がいたら極度の遠視かその手の変態さんぐらいだろう。
「顔、すげぇ赤いぜ。まさか、もうのぼせちまったのか?」
 そう心配げに顔を寄せてきやがった。ぐおっ、頼むからそれ以上近づかないでくれ。
 俺はソッコーというべきスピードで回れ右をする。
 こいつには羞恥心のカケラもないのか。まさか、純粋な男子高生をからかって遊んでるわけじゃないだろうな。
「けっ。わけわかんねーやつ。これちょっと借りとくぜ」
 クロエは心底不思議だとばかりのトーンで、俺の頭上のタオルをかっさらって行った。
 ばしゃばしゃと風呂から上がっていく水音を聞きつつ、
「勘弁してくれ……」
 風呂との相乗効果からか、どっと汗が噴出した俺は湯船へと潜り、顔をガシガシと力任せに洗う。
 きっと、今の俺の耳は茹で上げたばかりのミズダコのように真っ赤に染まってしまっていることだろう。
 それにしても、と俺は思う。
 あの使い魔だかが人間の姿に化けることはもはや自明の理だが、よくもまぁ、ああも簡単に姿を変えられるもんだ。どういった構造になっているのか気になったりもしたが、結局はゲームだからなんでもありか。だったら考えるだけ無駄さ。といったいつもの極論に達する。
 ふむ。もしも、俺も何か動物に化けられるとしたならば、何がいいのだろう。シロやクロのようなネコモクもそれはそれで悪くはないのだが、ここはやはりラティアのような鳥類がベターと言える。飛べると何かと便利だからな。って、そういやシロツキも浮遊していたな。
 などと、くだらないことを水中で腕を組みつつ考えていると、あることに気がついた。
 はて。この温泉、こんなに熱かったっけか? 割とぬるめだった覚えが――
「が、がぼっ!?」
 急速に水温が上昇していき、おそらく摂氏四十度後半はマークしたであろう辺りに、俺は息も絶え絶えに水面から頭を出す。
「げほっ、げほ」
 すぐさま温度は元のぬるま湯へと戻っていったが。アレはなんだったんだ? 熱湯風呂さながらだったぞ。
 すると、頭上から笑い声が聞こえてきた。
「あははっ。アキラってば変な顔しちゃって、おっかしい」
 どうやって登ったのか、石垣の上からひょっこりと顔を出しているのは、言うまでもない。神塚ヒサキだ。
 そいつは少々残念なことに、いつもの髪型に戻ってしまっていた。白いリボンで後ろ髪を二つにくくるといったあの髪型だ。通称ツーサイドアップってやつだな。
 何故そんなもんを知っているのかって?
 なに、簡単な話だ。サナがまだ小さい頃、あの髪型にしてくれって頼まれては何度も俺が結ってあげていたからな。最近ではなんとか自分で結えるようになったらしい。さすがは小七になっただけはあるぜ。なんて言ったら蹴られたっけか。
 ヒサキは悪巧みを見事達成したわんぱく園児みたいな笑顔で、
「どう? あたしの炎は。少しは、お湯加減丁度良くなったんじゃないの」
 やっぱりお前の仕業だったか。
「どうもこうもないぜ。ありゃいくらなんでも熱すぎるって。マジでゆでダコになる寸前だったぞ」
 そいつはニヤリと、悪代官も真っ青な笑みを浮かべた。
「いいじゃん。ぬっるーい温泉なんだし、こんくらい熱いほうが気持ちいいわよ」
 そうフッと息を吐く。同時に口から勢い良く火の粉が舞ったところで、
「言っとくがな、俺は風呂に入る時はいつもぬるめの湯で半身浴って決めてんだ」
「あんたねぇ、二十代半ばのOLじゃないんだからさ……」
「お前こそ、あんな熱い風呂が気持ちいいなんざ、お年寄りもいいところだぜ。それと、今お前がやってることは立派なノゾキだ」
 胸を隠し、くねくねと言ってやる。いやんな感じだぜってな。
「……ちょ〜っち、待ってなさい」
 ヒサキは顔面に特上のスマイル仮面を張り付かせながら引っ込んだかと思うと、
「バカっ!」
 綺麗に弧を描いて飛んできた石鹸がスコーンと俺の頭に当たる。ナイスコントロール。
 
***

 十分後、髪を洗い終えた俺は、石垣を背にゆったりと温泉を満喫していた。
 ちなみにクロは俺の頭の上で気持ち良さそうに日光浴中だ。人型のまま日光浴をしたいなどとワガママを言われたりもしたが、それはもう丁重にお断りさせて頂いた。
 出された代案として何故か俺の頭上占拠との申し出があったため、それならばと快諾したまではいいが――いかんせんこいつは蒸れるな。むず痒い。
「ねぇ。アキラ、そこにいる?」
 背後、石垣の向こうからヒサキの声がした。
「んー?」
「ひ、暇だし、ちょっと話でもしよっかなって……」
「ああ。それは全然構わないが」
 ヒサキらしからぬ、しおらしい声色に少し調子が狂う。
「あの、さ。このゲームってなんだかおかしいと思わない?」
 また漠然とした質問だな。
「おかしいって?」
 俺がそう訊きかえすと、
「だってさ、説明書にはこんな事になるって書いてなかったもん」
 その説明書ってやつを俺は渡されていないんだ。どこがどう違うか説明してくれ。
「そうだったわね。……説明書だと、『能力を貰ったらあとは普通に町の周りのモンスターを狩っていく、王道RPGです』みたいなことが書かれていたの。ほら、最初に会ったときアキラに塔の最上階にいるボスを倒して、みたいな説明したでしょ? ホントそのまま、それだけよ」
 そういえば、試験的なゲームだとか、賞金がもらえるとか言っていたな。すっかり忘れちまっていたが。
「でしょ。それが、いきなり変な鐘の音が聞こえてくるわ、リンもおかしくなっちゃうわで、もう全然ワケわかんない」
 確かに、言われてみると王道とはかけ離れてしまっているような気がしないでもない。
 って、待て。
 まるで、最初から刻刻を知らなかったような口ぶりじゃないか。
 少し引っかかった俺は、
「刻刻って深柳が言っていたやつだよな。あれって説明書にないのか?」
 一つ尋ねてみることにした。
「あんなの書いてなかったわよ。あのうるさい刻刻だかって、なにか意味でもあるのかしら」 
 ……何故だ。
 俺の記憶が確かならば、深柳の前にヒサキが最初にアレを刻刻と呼称したハズだ。
 そこで俺は、ああ説明書に載っているからこいつは刻刻、及び集束とやらのヘンテコな造語を知っているのかと踏んだわけだが。
 どうして、知りませんでしたみたいな言い方をするんだよ。
 そこまで考え、先ほどの先生の会話が頭をよぎる。
 『予定外のラティアの集束にヒサキが疑心を抱いている』
 『ヒサキが計画の改竄に気付いたら問題だ』
 『彼女は特別である』
 予定外やら計画がどうのなどまったくもって意味不明だが、これだけは言える。
 ヒサキはこのゲームの何かを知っているんじゃないか? そして、何故それをそれと俺達に言わないのだ。
 言いたくない理由でもあるのか。それとも単なる俺の考えすぎか。
「アキラ、ちゃんときいてる?」
「あ、ああ。わりい」
 俺の生返事に、「リン、大丈夫かしら」とヒサキは話を続けた。
「あの薄気味悪い赤い眼のことか?」
「それもあるけど、不安定っていうかさ。あの後、急に苦しみ出したのよ。……あれは何かに取り憑かれたみたいだったわ」
「取り憑かれたって?」
「よくわかんないけど、なにか独り言みたいにブツブツ呟いていたの。それもリンとは思えないような声で」
 そいつはどう考えても、大丈夫かしらなどと悠長なことを言ってられん状態にあると思うのだが。
 ヒサキはそうねと少し笑ったあと、
「でも、平気。だって、リンはあたしが護るから。そう。あたしが護ってあげなくちゃダメだから……」
 それはまるで自分自身に言い聞かせるかのようだった。
 一拍置いて、更に続ける。
「だから、だから――」
 彼女は何故かわずかながらに声を震わせて、
「あんたは自分で自分の身を……護りなさいよね」


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