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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第21回 21
 足を忍ばせ、部屋を出ると目の前に急な階段が見えた。どうやら俺達の寝ていた部屋は二階だったらしい。窮屈な階段をおりると、すぐに見覚えのある居間が現れる。
 幅広い木目調のテーブルに、おまけ程度に敷かれている小豆色のせんべい座布団。
 それらを確認し、俺はそのまま前進する。
「風呂、風呂っとな」
 襖を開け、未だ薄暗い廊下を進みながら、
「ま、適当に向かえばそのうち着くだろ」
 それにしても、外から見た造形は圧巻の一言であったが、内装は割とそうでもないのがらしいというか。
 今更だが、こんなフツーの屋敷をアジトと呼ぶにはいささか違和感があるな。

***
 
「待て待て。どうなってるんだ……この屋敷は」
 そのうち着くなどとのたまった数分前の誰かさんよ。即座に前言撤回を要請するぜ。一体なんなんだ、この屋敷は。進めど進めどそれらしい部屋、いや扉一つさえ見当たらない。ゲームで言えば、延々と迷いの森をループしている気分だぞ。まさかマッピングして進めなどというんじゃないだろうな。
「おい、クロ。いったい風呂場はどこにあるんだ」
 無駄にだだっ広い屋敷に辟易した俺は、腕の中でノンキにあくびをかいている猫を揺らした。
「慌てねーでも、このまま真っ直ぐ行けばすぐに着くさ」
 興味無さそうにそれだけ言うと、暑苦しい毛皮は口を閉ざした。
 それならいいけどさ。
 鬱陶しい蜘蛛の巣と格闘しながら、ぐったりとした疲労感に襲われる両足にムチを打つ。きっとこんな状態で入る風呂は格別なんだろうな、などという俺の期待に反して、先はますます暗くなっていく一方だ。やれやれ。
 急にとは言わないが、カビ独特の刺激臭が徐々に俺の鼻腔へと侵食し始める。換気が効いていないのか?
 そう窓に目を向けると、
「なんだこりゃ」
 無機質な鉄板が張られていた。どっかの常夏島と言わんばかりのこの世界観にそぐわない、冷たい仮面のモノリス。
 日除け目的ならば、もっと他に適切なものがあっただろうに。例えば、日本人なら簾とかさ。
 んな軽口を叩けたのも最初のうちだ。
 この無限に続く廊下をどれだけ歩いたのだろう。進むにつれ、胸の中に得体の知れない不安感が募っていく。閉所に加え暗闇のコンボなんざ、さすがの俺でも胃にくるぜ。
「廊下でゲームオーバーなんて勘弁願うぞ、マジで」
 やがて、床板の軋む不快音がお邪魔しますとばかりに俺の耳管奥底に腰を下ろし始めた頃、目の前にようやく一つの鉄扉が現れた。
「やっとか、」
 言いかけて、俺は即座に口を噤んだ。いや、正確にはクロエによって塞がれた。
「まぁ、慌てなさんなって」
 いつの間に人間の姿へ戻ったのだろう虎娘は、俺の手を無理やりと引っ張り、
「ホレ。こっから覗いてみ」
 扉の横脇に小さな窓があった。煤の付いた薄汚い窓の向こうに何かが動いている。
 切れかかっているのだろうか、灯りは忙しなく点滅を繰り返していた。オレンジ色の電球のせいか、そこはまるで暗室さながらだ。
 言われるがまま、そのせせこましい部屋の奥へと目を凝らしてみると、
「誰かいるのか?」
 ガラス製の机の前、パイプ椅子に一人の軍服姿の女性が座っていた。ハーフアップにまとめられた髪に、手には古めかしい黒電話の受話器が握られている。
 こちらに背を向けるような姿勢の彼女は、誰かと連絡を取っている様子だった。
「わかっています。ええ。既に霊鳴石一式サルベージ作業完了してあります。はい。三つ確かに。あの子達には、今夜にも説明と共に渡すつもりです。――しかし、弐式は前回の起動を最後に機能を失ったままですが」
 石? 何の話をしているんだ。
「……修復せずにあの子に? それは、今回、福音を早めるに至った理由に関係あるのでしょうか。――いえ、シナリオの改竄自体に口を挟むつもりはありません。ですが、所詮は紛い物の石とオリジナル。ただでさえ、不利な立場であるのに関わらず、このまま弐式も起動せずとなってしまえば、抵抗する間もなく彼女に喰われてしまうこと必至です。私個人の見解で言えば、おそらく数時間も持たないでしょう。……もう我々には時間が残されていないのです。まさかとは思いますが、この期に及んで奇跡頼みですか?」
 彼女が、手元のコーヒーカップを口にし、首を傾げた瞬間、チラッと横顔が見えた。
 おい、あの泣きぼくろって。俺は目を擦り、そしてもう一度見据え、
「まさか。あれは、先生……?」
 いや、本当に先生なのかどうかは定かではなかった。話し方や声、外されたメガネに髪形――出で立ちもそうだが、雰囲気そのものが柔和でおっとりとしたあの人と似ても似つかないのだ。ならば、泣きぼくろだけで彼女を先生と判断するのは早計か?
「認めな。アレがおめぇらのセンセイさ。とにかく……耳を澄ましてよぉく聞いてみるんだな」
 傍らのショートカットが前髪を指で弾きながら、面白おかしそうに呟く。
「なるほど、それが今回の目的……ですか。トリガーをあの子に。不安ですが、我々にはもうその道しか残されていないのかもしれませんね。わかりました、こちらも今までどおり全力を尽くします。はい。……それともう一つ。予定外のラティアの集束に、神塚ヒサキが僅かながら疑心を抱いています。――決して侮らないでください。言うまでもなく彼女は特別です。もしも、彼女が計画の変更に気付くような真似があれば予定は大幅に遅れます。最悪の場合、全てのプランそのものが水泡に帰す恐れもあります。それならば、いっそのこと早い段階の内に――」
「伏せろ!」
 聞き入っていた俺の頭が怪力と共に突如押さえつけられた。
「ぐあっ!」
 しこたま顎を打ちつけ、涙を浮かべながら見上げると、
「……」
 絶句とは、このことを言うのか。
 クロエの右手甲、そこに黒蛇の如き鎖が貫通していた。痛々しく開いた穴の周辺から、ポツポツと滲み出る血の玉に怖気を覚える。
 しかし、彼女は痛がるでもなく廊下側の窓――穿かれた鉄板の向こうを睨め付けている。
 何だ?
 そいつの視線を追い、
「!?」
 五センチにも満たないモノリスの穿孔の奥に突然『目玉』が現れた。
 おぞましく真っ赤に輝くあの瞳。あの時の深柳とまったく同じ眼だった。
 何度見ても、決して見慣れるモノじゃない。
 俺のノドが猛然と熱くなる。溜まった唾液を喉奥へと押し込もうとするが、中々飲み込むことが出来ない。
 明滅する紅眼は、ギョロギョロと何かを探すように蠢めき、そして――にんまりと細められた。
 違う。それは歪められたといったほうが正しかった。
「……あ、あ」
 呆然としていた俺を尻目に、
「このやろう、ルール違反じゃねぇか!」
 額に青筋を浮かべたクロエが鎖を引き抜き、怒声を上げる。次いで弓状に体を反らし、風刃を飛ばす姿勢を取ったその時、
「ルール違反はどちらかしらね。霊獣クロエ。そして相原アキラ君?」
 冷ややかな声と共に突きつけられる銃。それは先ほどの軍服姿の女性だった。
 クロエは、向けられた銃に臆する事もなく、
「はて。ここに辿りついたのは偶然なもんで、なんのことやら」
「相変わらず口の減らない子猫ちゃんね」
「そりゃどーも」
 肩をすくめ、茶化すように呟いた後、再び黒猫へと化ける。俺の腕の中に飛び込んでくる際にそいつは小声で、
「くれぐれも、あの女を信用するな」
 んなこと言われても。だが、と俺は彼女に視線を移す。
 銃口を向けながら、冷然と見下ろす湖色の瞳。穴から差し込んだ僅かな陽の光で明らかとなった軍服は、クロエのそれととても良く似通っていた。……どちらかと言えばシロ寄りの造りか。
「あらぁ。さすが、よく見ているのね。相原君。でも、ダメね。肝心なところは見えていない。いえ、見ようともしない」
 奇妙な言い回しが引っかかるが、どうやら、目の前にいる彼女は本当に『お竜先生』だったらしい。色々な疑問が頭を駆け巡る。ルール違反ってなんだ? どうして先生が俺たちに銃を向ける?
 しかし、反して俺の口から突いて出た言葉は、
「こんなところで何をしていたんです、先生」
「それはこっちのセリフよ、相原君」
 まるでこちらの質問を予期していたような速さで返される。
「答えなさい」
 険しい声。やはり、信じられないのが本音ではある。本当にこの人はあの先生なのか?
 不意に、クロが爪を立てた。
「正直に答えな。ただ、オレ達は風呂場を探していただけだってな」
 そいつの一言に俺は、ようやく先の目的を思い出した。そうだ、俺たちはただ単にひとっぷろ浴びたいだけなのだ。別に疚しさなんざ感じる必要はない。
「嘘ばっか」
 そう吐き捨てるように答えたのは先生ではなく、背後、穿孔の奥からだった。
 振り返るが、風穴の向こうには誰も居ない。まさか、あの赤眼の持ち主か?
「あらあらぁ」
 鷹揚な声に、再び先生へと視線を戻す。拳銃は仕舞われ、何処から取り出したのだろう、銀縁の眼鏡がかけられていた。
 それをわざとらしく中指で押し上げながら、
「そういえば、昨日はアキラ君だけ入り損ねていたわねぇ。ふふ、相当お疲れモードだったものね。そのじゃじゃ猫を捕まえるの、大変だったでしょう?」
 急に手のひらを返したような喋りに当惑する。
「え、あ、はい――捕まえたっていうか、その、成り行きで一緒に……」
 反応に困る。生じた疑義の数々をどう処理すればいいのか考えあぐねていると、
「それじゃ、案内するわね」
「ど、どこにです?」と俺。
「あらぁ、決まってるじゃない。お風呂場よん。この世界のお風呂はとっても広くて気持ちいいんだから。ヒサキちゃんもリン君も大満足してたわぁ」
「あの、でも先生――」
 呼び止めようとした俺に、
「……いいから黙ってついて来なさい」
 全てを拒絶するかのように呟かれる。
 ふと思いついて抱かれた猫を見ると、彼女は先生を瞥見としながら、
「カミサマの意思に背く、か。こりゃまた随分とデカイ賭けに出たじゃねぇか」
 そう鼻で笑った。


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