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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第20回 6/16
「へっくし!」
 ……寒いな。
 俺は空を仰ぎ、またかと盛大に溜息をついた。
 いつぞやに見た雪景色。先ほどまでの世界とは真逆の世界。
 簡単に言ってしまえばあるゲームの物語冬バージョンといったところだ。
 どうして俺はまた冬のゲーム世界を夢見ているのだろう。もしかするならば、この夢は俺に何かを示唆しているのではなかろうか?
 なーんてな。夢は往々にして支離滅裂なものに決まってる。繋がりや意味なんざあるはずもない。夢にそんなもんを求めるなんて乙女チックな妄想は妹にでも譲るとするさ。
 大方、セミのうるさい金切り声に飽き飽きした大脳皮質が無意識のうちに冬っぽいもんを求めてこんな夢を映しているんだろう。
 それがたまたま、かぶっちまっただけさ。
 そう貧困な夢のボキャブラリーに苦笑しながら、頭上の雪塊をせっせと払いのけていると、
「明くーんっ、そんなところでなに笑ってるのー? こっちに来て一緒にアイス食べよー」
 懐かしくもない間延び声が聞こえた。いやきっと空耳に違いない。
「うー、また私のこと無視しようとしてるでしょ」
 意外に鋭いな。
「おお、雪だるまが喋ったかと思えば。変わり身の術でも習得したのかね」
「変わり身の術なんて習得してないよぅ……」
 ま、お前がいるような気はしていたけどな。
 なんとなくだが、こちらの世界イコールお前といった図式が俺の中で出来上がりつつあるぜ。
 それでは、現在位置でも確認しておくことにしよう。
 周りは一面銀世界、他に何か無いのかと尋ねられたならば目の前の昔懐かしい駄菓子屋くらいしか見つからないと断言する。
 古き良き時代の象徴として度々テレビなどで取り上げられる昭和の忘れ形見がそこに佇んでいた。
 薄暗く安普請な様もどことなく安らぎをもたらせる。
 そして、古びたアイスボックスの側に設置されているペンキの剥げ落ちたボロいベンチ。
 そこにちょこんと座る少女。吐き出した息は白く、こちら側には温度設定が適用されていることを物語っていた。
 中々に風流な構図だ。
「いーから、はひゃくはひゃく、あびばくんのアイス溶へひゃう」
 両手には二本のアイス。その内の一本を咥えながら、もう一本を差し出す。
 何故、こんな寒い中そんなもんを嬉々として頬張ってるのか理解に苦しむがそんなことよりも俺の興味は別のところに注がれていた。
 なに、このまま受け取らずに見守ったらこいつはどんな反応をするのかってな。
 俺はしばしの間、忙しなくアイスキャンディと格闘しているこの小動物の観察でもしてみることにした。
 ええと、どれどれ。
 むやみに長い黒髪をポニーテールといった形で結っており、これまたむやみにデカい目に、むやみにチビっちゃいといった――まぁとにかく、むやみやたらな少女だ。確か、名前はムヤミンだったかな。
「わっ、なんだか悪口言ってる。私の名前は奏だもん。そんな変な名前じゃないよ」
 頬を膨らませるといった断固否定の仕草に、
「それなら俺だってアビバなんて変な名前じゃないぞ。大体、どこのパソコン教室だそれは」
「だ、だって、アイス食べながらだったし……」
 俺はベンチに腰を落ち着け、そいつの空いている方のアイスをひったくってやった。
 無言のままガリガリと食い始める俺に、
「それね明くんの大好きなソーダ味なんだよ」
 そりゃまあ、見た目と味で分かるが。というかよく俺の好物を知ってたな。
「知ってた、じゃなくて覚えてるんだよ」
 どっちでも大差ないだろ。俺は肩をすくめ、再びアイスを貪ることに徹した。
「それじゃあ問題です。私の好きな味はなんでしょーか」
 子供かお前。って、そういや子供だったな。一瞥すると、さっと後ろ手にアイスを隠し、
「見ちゃダメっ」
 あまいな。一瞬でも見逃さなかったぜ。赤い色がチラっと見えた。
 つまり、いや待てよ。ここで易々と正解を言ってしまうのも無粋というものか。もう少しこいつで遊んでやるのも悪くない。
「バカにするな。俺だってお前の好物くらい知ってるぞ」
「え、ホント?」
 春一番の桜満開的な笑顔を向けられつつ、俺は赤い食い物を想像した。やはり、アレしかないだろう。
「確か、オイキムチ味だったよな」
 奏の小柄な肩がげんなりと落とされていく。
「ち、違うもん」
「じゃあカクテキ味」
「もっと違うよぅ」
「なら、ねぎキムチ味」
「ふえぇ、そろそろキムチから離れてよー」
 そいつの困った顔とお決まりの鳴き声に満足した俺は、
「冗談だ。イチゴ味だろ」
「え……」
 奏の顔が曇り始める。当たりだと喜ぶリアクションを待っていたつもりだったんだが。
「ねぇ、明くん。私、やっぱり間違えちゃったみたい」
 唐突として彼女は伏し目がちに呟いた。
 心なしかトーンが下がっている。
「間違えたってなんのことだ」
 半分まで食ったところで棒を見てみる。ハの字が見えた。
「ごめんね。ごめんねっ、明くん。今度は大丈夫だと思ったんだけど、ダメだったよ」
 いや、何を謝ってるんだ。切羽詰ったような声に気になった俺は、もう一度そいつに視線を向け、
「ごめんなさい……。ひぐっ、ぐす」
 彼女の大きな瞳からポロポロと大粒の涙が零れていた。
 おい、ちょっとマジかよ。
 まるで鈍器でフルスイングを決められたかのような衝撃が俺の頭に走った。
「急にどうしたんだ。もし冗談が過ぎたのなら謝る。すまん、よくわからんがとにかくすまなかった」
 それでも彼女は泣き止まない。それどころか堰を切ったかのように泣いてしまっている。
 待て待て。こんな展開きいてないぞ。こういった時はどうしたらいいんだ。
 慰めの言葉なんざ、人生の中で数回程しか吐いたことのない俺だ。中腰のまま空気椅子をしつつ、一時停止といったワケわからん姿勢のまま思考を巡らせるが――ダメだ。かけるべき言葉がマジで見つからん。

「わ、私が悪いの。明くんは悪くないの、ごめんなさいごめんなさい……」
 声を震わせながらただひたすらに謝り続ける目の前の小さな少女。
 もう一度問う。一体何を謝ってる?

「ひっぐ、ヒ、ヒサルキが迫ってくるんだよ。私の中に入ってくるの……。止めようとしたんだけど、ダメなの。許してくれないの」

 ヒサ、何だって?
 ――眉を顰め、そう尋ねようとした時、

「だからお願いです。私を殺して……殺して、ください」

 そいつはまっすぐに俺を見据えて、ハッキリそう言った。泣きながらも笑顔で。
 奏は弱々しい笑みのままこう続けた。

「もう終わらせて」

 その瞬間、世界が崩壊をはじめる。音もなく、周りの景色が白黒の結晶となり崩れ行く。
 木々を始めとしてアイスボックスが消え、ベンチも消えて行き、
 そして悲痛な笑顔を向ける少女も――。

「おい、待て!」

 俺は空を掴んだ。
 奏の居た場所には溶けかけの赤いアイスキャンディが落ち、やがてそれも結晶となって散っていく。

「なんだってんだ……」

 あっちの世界もこっちの世界もまったくもって意味不明だ。
 製作者が笑いを堪えながら鳥瞰している様が目に浮かぶぜ。なぁ、お前そこで見ているんだろ。
 俺にヒントの一つや二つテロップ付きで頼むよ。
 取説なしでここまでやってるんだぜ、少しはサービスしてくれたっていいだろ。
 そろそろクエスチョンマークの在庫も尽きる寸前だ。
 だが、俺の儚い抗議も忘れてましたとばかりにちんたらやってきた雪の修正液にかき消されてしまう。
 砂のように削れていく自分の両手を呆然と眺めながら、俺はあいつの最後の言葉を思い出していた。

「終わらせて、か」

 奏――お前は俺に何を伝えたかったんだ?

*** 

「ぐあっ!」
 飛び起き、瞬きを三回。また俺は気を失ってしまっていたのか。一体、何度目だ。やたらに頭が重い。
 ドライアイのように乾ききった目を擦りながら俺はヒポポタマスも驚くような大きなあくびをかいた。ねみぃ。
「おお」
 なんだこのやけに弾力のある地面は。先ほどとは打って変わって暖かい。久しぶりにまともな床につけた気がするぜ。
 ――ん?
 何か、肌寒い夢でも見ていた気がするが。記憶の糸を手繰り寄せようと試みたところで、
「ぐあっ!」
 俺はしばし硬化していた。台詞が重複してしまったことにすら気付かない程に唖然としてしまったワケは、言えばきっとすぐに納得してもらえること請け合いだ。
 俺を中心とし、左隣には神塚ヒサキ、右隣には深柳リン。シンと静まった朝焼けの寝室に時折混ざる寝息の色。どちらとも共通しているのは寝巻き姿だということだ。
 もうお分かりいただけただろう――そういうことだ。
 って、どういうこったこれは。
 何故、一つのベッドに三人で寝ていやがる。狭苦しいぞ。
 こうなった経緯が思い出せん。鐘の音が鳴り、そして深柳の目が赤くなって、ええとそれから……。
「うーむ」
 混乱しているのだろうか。記憶がぶっ飛んでいる。
 とりあえず寝直してみるべきだと踏んだ俺は、やたらに軽い羽毛布団を掛けなおし、
「……眠れん」
 それもそのはずだ。やけに甘ったるい香りが俺の鼻腔を突くわけで。その正体は、と左を向いてみる。
 神塚ヒサキだ。シナモンという可愛いキャラクターの柄といった到底似つかわしくないパジャマに身を包んだ女の子。
 亜麻色の髪に眉目端麗な顔立ち。このゲームで最初の仲間となった奴だ。
 焼き歪めることの翠の焔と言われるこめかみを抑えたくなるようなアブナイ能力を引っさげて、シロツキと激闘を繰り広げたり、寸でのところで深柳をナイフの山から救ったり……と、とにかくむちゃくちゃな奴だ。
 きっと俺は当たり前のこととして、深柳でさえこいつには敵わないだろうな。
 そんなヒサキの反則性能に知らずのうちに頼りたくなってしまうが、それも昨日までである。
 座視しつつの戦闘実況兼解説役なんざシロにでも一任するとして、俺はまぁ、使い捨てのシールド役として身を投げ出すとでもしよう。
 能力が使えないのなら、それくらいしか活躍の場は残されていなさそうだしな。
 剣はどうしたんだって? そんなものあくまでオマケに過ぎないさ。
 それにしても、なんだか新鮮だな。
 ヒサキは普段見せないようなメロウな雰囲気を醸し出していた。
 頬は薄ピンク色に染まっており、潤い艶やかな唇は見るもの全てを魅了してしまいそうだ。
 なんだろう、改めて思ったがやっぱりこいつはマジで美人さんだ。
 猪突猛進な言動ばかりに目が行ってしまうが、寝姿だけなら天使さながらと言える。
 見惚れていると、あることに気付いた。
「髪、解いてるのか?」
 そういえば、俺はこいつのストレート姿を見た事なかったなと眼福ついでに、
「そっちの方が可愛いぞ」
 ついだ、つい呟いてしまったのだ。諸君、まことに言い難いのだが、その非難するような目はやめてくれ。
 いや汚らわしいものを見るような目で見られるのも困る。すまない。相手はあのヒサキだってことをすっかり忘れていたんだ。
 きっとまだ寝ぼけているんだろう、そうさ人間うっかり口を滑らせてしまうことだってあるのだ。そうに違いない。
 って、誰に言い訳しているんだろうね俺は。
 それより、まさか誰かにきかれていないだろうな。
 起き上がり、獲物を探す鳶のような形相で見渡す。ヒサキの足もとでトグロを巻いているシロに、止まり木の上でこっくりと船を漕ぐラティア。
 深柳は――相当疲れていたのだろうか微粒子ビーズの詰まった枕を抱きしめながらムニャムニャと夢の世界へフライト中。そろそろ帰り支度でもしている所だろう。
 やれやれ――。
 どうやら暗黒の歴史第一ページ目を飾るであろう魔の台詞を聞かれることは無かったようだ。そう安堵として胸を撫で下ろそうとした時、
「くっせーセリフだぜ」
 遮光カーテンの隙間から漏れる朝日を後光のように受け止め、ニヤリと長ったらしいヒゲを前足で弄ぶは、不吉な都市伝説として有名な黒猫、その名もクロエである。
「……聞いたのか」
 俺のワニ目に、
「聞いちまったぜぇ。しかとな」
 赤いネコ目が細められる。完全に抜かった。相原アキラが一生の不覚。
 黒歴史を知られてしまった。本来ならば鍛え抜かれた土下座にて記憶の隠蔽を求むところだが、
 相手はまだよく知らん奴だ。ここは一つ、このネコの出方を見るとしよう。
「取引をしよう。貴様の要求はなんだ」
 そいつは猫特有の伸びをした後、俺の腕の中に大ジャンプで飛び込むと、
「そうだなぁ、そんじゃ風呂に連れてってくれよ。全身ドロ臭くて気持ちわりーんだ」
 なんだそんなことでいいのか。ならお安い御用だ。
「了解した。しばし待たれよ」
 なるべくこいつらを起こさないようにと、未だに甘い香りを放散するベッドから這う這うの体で逃げ出し、
「こら。風邪ひくぞ」
 とヒサキの足技によって無残にはねのけられてしまった布団を直しながら――待てよと首を傾げた。
 何か引っかかるような。抱きかかえた黒猫を見下ろす。そいつはふてぶてしく顔を洗いながら、
「早くするにゃあ」
 などとウソくさい鳴き声を発しやがる。
 まあいいさ、ゆっくりと風呂にでも浸かりながらこの胸のモヤの正体を探るとしよう。
「おらおら、さっさとしねーと皆に言っちまうぜ」
 俺は小さく舌を打った。
「口やかましい猫だなまったく」
 実に腹立たしい食肉目小動物を抱きなおし、俺は静かにドアノブを捻った。


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