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作品名:ヒサルキゲームの物語 作者:秋兎

第16回 2/3修正
 切れ切れの雲の彼方にどっしり腰を据えた満月が、俺たちを静かに見下ろしている。
 威風堂々と言わんばかりの悠揚たる様子でアホ毛をいじるトラ娘に、よろめきながら体を起こすワシの子。
 まさに大人と子供と言える構図だ。 
「どうしたぁ? ほら、来いよ。どっからでも構わねぇぜ」
 両手を広げ余裕を見せる女に対し、金髪娘はどこか虚ろな様子でプリーツスカートに手を這わせた。取り出されたのはつい先ほど俺を震え上がらせた金色のナイフだった。
「クーちゃん、強いの、知ってる。多分、ううん。私じゃ絶対勝てっこない」
「ははっ。そりゃ、オレのほうが強く創られてるからなぁ。やっぱやめといたほうがいいぜ。今なら特別サービスで許してや――」
 る、そう言いかけたのだろうがそれはラティアの突飛な行動によって遮られた。
「でも、それでもリンを渡したくないの。私、バカだから。こんなことしか思いつかない……」
 瞬間、ラティアはナイフを掲げたかと思うと、
「ごめんね、クーちゃん」
 何を思ったのか自分の腹に突き刺しやがった。何度も、何度も突き刺す。小気味悪い粘着質の音と共に、小さな血だまりが生まれていく。
 これは、一体なんの冗談だ。
「なっ……」
 クーと呼ばれた女でさえ先ほどの余裕から一転、驚愕の様子で彼女の自傷行為を見ている。
 カラン、とナイフの落ちる音に目が覚めたのか、膝をついたラティアの元にかけ寄ると肩を揺さぶる。
「ラテ子、てめぇ正気かよ! 何してんだ!」
 前傾姿勢のまま、彼女は何も答えない。不気味なのは、あれほど腹を裂いたにも関わらず、呼吸一つ乱れていないことだ。その姿は直視出来ない程に痛々しい。
 そして、緩慢とした動きで顔を上げたラティアに俺は息を呑んだ。
 乱れた金髪に、とろんとした眼が輝いている。そう、マジで光ってやがったんだ、金色に。それは先ほどの彼女とは別人のような顔立ちだった。真一文字に結ばれた口元はいっさいの感情を持っていない。どこか遠くを見ているような表情だ。
 異質な空気を感じ取ったのか逃げるように短髪女は後ろに飛び退いた。
「くそ。冗談、きついぜ」
 呻いたのとほぼ同時だった、ラティアは翼をひとつはためかせる。
 次の瞬間、女の目の前にラティアが立っている。んなアホな。そう言いたげな顔を見上げる金髪はやはり無表情だ。おぞましいほどに。
「……」
 ぬるりと滑り込むようなナイフの一閃。それはトラ女の右腕に深々と突き刺さった。
「ぐっ!」
 膝をついたそいつの頭上に無数のナイフが現れる。途端に察したのか、間一髪で飛び退る――だが。
「遅い」
 瞬間移動のような素早さで黒髪の後ろにラティアが出現する。先ほど対峙していた空間には金色の羽が舞っている。常套句だが、もはやラティアの動きを眼で追うことすら辛い。
 大体、彼女の中で何が起きたのかまったく判らん。急に、眼が輝いたかと思うとコレだぜ? あのクーとやらが逃げ回ることしか出来ないなんて、いくらなんでもさすがにおかしくないか。
「このっ、いい加減に!」
 いつの間に距離を稼いだのか、クーは着地すると同時に虚空を手で裂いた。轟音と共に、空気が震動する。それはあのカマイタチだった。
「無駄」
 ラティアのかざした掌の前に金色の防壁が現れる。それはぐにゃりと歪曲すると――。って、うお!
 俺の頭上を掠めやがった。深柳も傍らにいるというのに、あいつは見境をなくしているのか。こりゃ悠長に戦闘状況を説明している場合じゃなさそうだ。
「おい、クーとやら。ラティアは一体どうしちまったんだ!」
 俺の問いに、
「て、てめぇにクーって呼ばれる筋合いはねーよ! オレはクロエだっ!」
 真っ赤な面で返しやがる。なんだ。案外、元気そうじゃないか。
「ありゃ、えーと。集束だ。つーか、外野に説明してる暇なんて――ぐっ!」
 集束? なんだそりゃ。
 そういえば似たような……そう、一瞬だがヒサキとシロの戦闘でもあの眼に似た輝きを垣間見た気がする。
 だとしたら、その『集束』は使い魔の超能力みたいなものなのだろうか。よくはわからんが、それならクロエも集束とやらを使ったらどうなんだ。
「簡単に言ってくれるじゃねぇか。……あの反則技はよ、かなり追い込まれなきゃ使えないように制限されてんだ」
 彼女の白い歯が唇を噛む。それは苛立ちを表していた。
「追い込まれる?」
「ああ――肉体的な場合もあれば、精神的な場合もある。ラテ子は両方だな。普段はぼけぼけっとしてやがるのに、どうしちまったんだアイツ」
 言いつつ、数多に降り注ぐナイフの雨を避ける。着地、すかさず空間を引き裂き、カマイタチを繰り出すがそれをあっさり防壁に弾かれる。しばらくそのパターンが続いていたが、何度目のことだろう。
「けっ。集束相手に何真面目にやってんだオレは。おい、そこのへっぴり腰」
 もしかしなくとも、それは俺のことだな。
「なんだよ」
「そこの王子サマを起こしてやってくれ。わりぃが降参だ。まさかラテ子にボコられる日が来るとはな」
 合点承知とばかりに俺は深柳を揺さぶる。
「おい、深柳。起きろ。緊急事態だ」
 止まってはいるが、あれほどの出血だ。本来なら、休ませておいてやりたいところだが。
 目を覚ました深柳はボーっとした様子で、
「むぅ。頭がクラクラする」
 そりゃそうだろう。あんだけ出血しておいて、寝覚めがいいハズがない。つーかお前、傷は大丈夫なのか?
「ああ――これは、どうやら傷が塞がっているみたい、だ」
 不思議そうに自分の体を確認している。あれだけの傷が少し眠っただけで癒えるなんて、まさしくゲームならではって感じだな。
「それって、なんだか強引な解釈……」  
「ははっ。そうかもな」
 ま、この際お前が無事ならなんでもいいけどさ。
「よっ、王子サマ」
 呼ばれた深柳が振り向く、そしてしばし三点リーダを並べた後、寝ぼけ眼のまま俺に向かって一言。
「あれ、誰?」
 なんだか、さっきからボケボケして深柳らしくないな。もしかしてこいつって低血圧なのか。それならば寝起き直後でも分かりやすいように説明してやろう。
「あいつはさっきまでお前が戦っていた虎のバケモンだ。んで、聞いて驚くなよ。なんと、名はクーちゃんというらしい。その手の専門的な観点から言えばクーにゃんと呼んでもさほど問題はない。そして語尾にはニャンといった付属が施されているワケで、つまりは自己紹介の際に自分はクーにゃんニャンなどといった、いわゆるゲシュタルト崩壊的要素も兼ね備えつつある最強の――」
 弁舌さわやかに説明していたところで容赦ないゲンコツが飛んできた。
「い、い、言わしておけば、抜け抜けとっ!」
 可愛らしい愛称のくせにシャレにならん攻撃だ。とは言え、リアルパンチングマシーンを自負する俺から言わせれば、ヒサキには断然劣るといった判定が下されるが。
「ったく。オレはクロエ。まぁ、自己紹介は後だ。とにかくラテ子を、あのバカを止めてやってくれ」
 怪訝そうな深柳だったが、
「逃げても無駄……」
 背後から近づいてくる声に、すぐさま状況を理解したらしい。
「あれがラティ、なのか?」
 一つ首肯しておく。
「詳しくは知らんが暴走しているらしい」
 クロエがため息混じりに頭をボリボリ掻く。
「おめぇと契約するってきかねぇんだよ。もうオレはお前を諦めた。ラテ子に譲る。だから……」
 風切り音。赤が洪水のように溢れかえり、俺の視界が奪われた。それはナイフで首を抉られたクロエの鮮血だった。
 倒れこむ彼女に一体何が起こったのか分からず、呆けていたが、
「もう――いい?」
 耳元に囁くようなこそばゆい声音に振り返った。
 仰々しい程に開かれた翼は黄金色の光を灯していた。
 甘美な唇に細く艶やかな金髪が微風に揺れる。右手に握られた刃さえなければまるで国立西洋美術館に展示されている絵画として描かれていても不思議ではない。
 こんな状況だというのに見惚れてしまったね。男の性だ。
「僕のせいだ。僕が、ラティを止める」
 立ち上がる深柳。俺は所々穴の開いた学生服を見上げた。
 だが、どうやって? 頼みのボウは粉砕されてしまったんだぞ。
 俺の剣を貸し出そうか。
「その必要はないさ」
 言うが早いか、そいつの腕から――いや、正確には塞がりかけていた傷口から赤い蔦が生まれる。それも一本や二本ではない、数十本は伸びている。
 どうやら、これがのたうつなんとやらって能力の本当の姿らしい。間近で見た感想としては、予測していた以上にバイオであると言える。
 深柳は、触手のように蠢くそいつらに侮蔑の視線を送ると、
「なるほど。種は僕自身ということか。吸血植物が『血の植物』の正体とはね。ぞっとしないが、これこそ僕に相応しいのかもしれない。皮肉だね」
 自嘲めいた感想を漏らした。次いで、ラティアに視線を移すと、
「ラティ。君は僕の声が聞こえるか?」
 ラティアは無言のままナイフを逆手に持ち直す。集束し、深柳を睨め付けるその瞳は敵意しか感じられない。
 どうやら、この流れは最悪の状況になりそうだ。
「今まで、すまなかった――」
 そしてその流れが動きを始めた。深柳の白くしなやかな手から不釣合いにからみついた蔦がラティアに向かって伸長する。
「無駄」
 やはり、いとも容易くそれを切り刻むと、またもあの反則級な瞬間移動を始める。
「……バカな」
 白皙の顔に焦燥が見える。まったく馬鹿げてる。そう思いたいのもわかるさ。
 集束もへったくれもあるものか。そんな無敵コマンドを初心者相手に使うなよと言いたくもなるが、ラティアの暴走はこのゲームにとって予定外の出来事だろうからその台詞を飲み込んでおく。
「瞬殺」
 突然、宙から現れたラティアが物騒なことを呟き、スカートの中から取り出されたはやはり金色のナイフ。
 見上げる深柳に、雲霞の如きナイフの怒涛が迫る。なんだあの数。ひいふうみいって、四次元スカートか。
 目を背けようとしたその時、
「激、爆熱ってね!」
 空に大蛇が舞った。そう、巨大な翠炎によって、それは食い止められた。
「ははン。ようやく本性を表したわね、この貧乳!」
 振り向くとそこには眠りから覚めた仁王立ちのヒサキがいた。頭には神妙な面のシロが乗っている。時折、花火のように足許で火花が散るところを見ると、まだ炎の余韻が残っているみたいだ。
 んなことよりも、幾分か懐かしい顔に込上げてくるものがある。
「ヒサキじゃないか! やっと起きてくれたのか」
 なんとも情けない声を出しつつ(半泣き混じりだと言っても過言ではない)、そいつの元に駆け寄った。助走を見誤り、つい抱きついてしまったのはすまんが不可抗力だ。
「ちょ、何よ! ど、どしたのよ」
 狼狽するヒサキには申し訳ないが、言葉では言い表せない程に安堵したんだ。だから少しの間だけこの愚行を許してくれ。
「うー。しょ、しょうがないわね……」
 む。このバニラエッセンスの香りは俺と同じシャンプーを使っているのか。あれは安い割に中々コストパフォーマンスに――いや、これは別のメーカーか。
「なに嗅いでんのよバカっ! やっぱダメ! 放しなさいよ、この変態っ」
「まて、銘柄を当てんと気がすまん。これでも利き珈琲では三位の入賞経験があるんだ」
 ぐぬぬぬと押し合いをしていると、急に目の前が光った。
「次、邪魔をしたら、許さない、よ?」
 小首を傾げながらも、その煌く眼光は否応なしに俺たちを萎縮させる。
「は、はい!」
 ヒサキと声を合わせる。
 現れたかと思ったら、すぐさま跳躍。俺たちの前にはただ羽根が舞い落ちるだけといったわけで。
「大人しい子ってキレると皆ああなのかしら」
 さすがのヒサキも面食らってる様子だ。ラティアの場合、最初からぶち切れてたイメージもあるが……。
 ま、なんにせよと俺は深柳に視線をスライドさせる。
 華奢な体躯にも拘らず、あのラティアと攻防を繰り広げているあいつを素直に応援出来ない自分がいた。
 ヒサキは仕方ないと思っていたが、深柳も尋常ではない。現実を見たくはなかったが、やはり俺とこいつらの差は歴然だ。能力云々抜きにしても、それは変わらない。
 もしかしたら、あいつは強すぎる、あんな能力あり得ないなどと文句を言ってる俺のほうがおかしいのかもしれない。
 まいったな、これは。そう心の中で呟くと自分への業腹さから逃げるように星空を見上げた。


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